シキミのための魔術エチュード《魔術詠唱》

樒「どうも、導樒です!」


杏華「ごきげんよう、水月杏華よ。幕間の公開授業、皆も樒ちゃんと一緒に勉強していってね」


杏華「今回は『魔術詠唱』という事で、言葉による魔術行使で必要になる“詠唱”についての解説よ」


樒「詠唱と言えば、水月先輩の詠唱、すっごくカッコいいですよね。なんていうか、ザ和式って感じ!」


樒「でも、なんでわざわざあんなに長い文言を捲し立てるんです? 私くらいの年齢層にはかなり響きそうですけど」


杏華「あら、私だってカッコいいからうたってる訳じゃないのよ? 魔術を成立させるうえで、言葉というものはとっても重要な技術のひとつなの」


杏華「突然だけど、時そばって落語の演目は知ってるかしら?」


樒「えっ、落語? え、えーと……」


杏華「その様子だと知らないわね。じゃあ実際にビデオを観てから話しましょ」


***


杏華「はいストップ。この序盤で落語家の方が何かを啜るシーン。樒ちゃん、お話の中の世界を想像してみてちょうだい」


樒「ええと、寒い冬の真夜中で、通りがかりの男の人が蕎麦屋の屋台で蕎麦を食べてますね。あつあつの鰹ダシに浸ったコシのある細切りお蕎麦。その上には厚切りのちくわが乗って……」


杏華「でも落語家さんは本物のどんぶりは持ってないし、蕎麦屋の屋台なんてないし、まず話してる場所も暖房の効いているホールよね」


樒「ですね。語りだけであんな美味しそうなお蕎麦を目の前に……あっ」


杏華「なんとなく分かってきたみたいね」


杏華「無いものをあると言い張るのには事細かな状況説明が必要なの。それが誰かに語り聞かせるていでも、神様にお祈りするていでも同じこと」


樒「その状況説明にあたるのが詠唱ってことですか?」


杏華「その通りよ樒ちゃん。詠唱で物理現象を上手く記述することが出来れば適切な記憶子ミーム群が読み出され、それを元に術式処理器官エンジンが魔導現象を生成レンダリングしてくれるって流れよ」


樒「あれ、でも単語とか二言三言の言葉だけで魔術が発動してることもありましたよね? 水月先輩だと早言伝、槙理ちゃんだとシンプルスペル……だっけ?」


杏華「槙理のはちょっと特殊だからここでの解説は避けるけど、早言伝は“名付け理論”という概念によって成り立ってるわ」


杏華「これはヒトの行う命名行為とそれがもたらす影響に関して言及している理論なんだけど、長くなるから割愛」


杏華「結論を言ってしまうと、早言伝は単純な魔導現象に名前を付けて対応させることで、詠唱を省略しているのよ」


杏華「名前は“モノ”の在りようを定義する最も簡単な記号。箸とかどんぶりみたいな簡単な道具なら、固有名詞1つあれば形状や機能を容易に想起できるでしょう?」


樒「なるほど、刀を出現させたりバリアを張ったりするだけなら名前を呼ぶだけで事足りるようにしてるわけですね」


杏華「実際には安全装置として前後の処理語句や起動トリガが必要になるけど、そういう事よ」


杏華「魔術の行使方法は詠唱以外にもたくさんあるけど、その話はまたの機会に。時間もちょうどいい具合だし、お昼ご飯でも食べに行きましょうか。ご馳走するわよ」


樒「やったぁ! 私お蕎麦食べたいですお蕎麦!」


杏華「あらあら、それならとっておきの場所があるわ。さ、行きましょ」


樒「はーい!」


~終~

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