06. 宴

 建物の消火をし終えたグリム兄弟に向けられた街の人々の視線は、困惑に近いものがあった。

 ヤコは小さく溜め息を吐き、ヘルムは得意の苦笑いを浮かべてその視線をやり過ごそうとしていた。グリム兄弟の周りに集まった多くの人々の中から、屈強な男が一人口を開いた。


「あんたら…何者だ?でっかい氷に乗ったり…すげえスピードで矢を放ったり…あの規模の火事を一瞬で消火しちまったり…」


 ヤコとヘルムは無言で目を合わせた。正体を隠すこともないとお互いに納得し、ヘルムが代表して一歩前に出た。


「僕たちはグリム兄弟…魔導師です」


「グリム兄弟?」


 所々からそんな声が上がった。世間では少しばかり名の通った二人だが、この街にも知っている人間が何人かいたようだった。

 それを聞いた街の人々は、最初の困惑の表情から一転、安堵に似た明るい表情を浮かべた。


「そうかグリム兄弟!あんたら最高だ!街を救ってくれてありがとう…!」


 各々が感謝の意を述べ始める。当然一人一人が何を言っているかなど聞き取れるわけもないが、とりあえず丸く収まったことに二人は安堵していた。


 その日の夜、グリム兄弟は宴に誘われた。街を火災から守ってくれたお礼がしたいという、街の人々からの計らいだった。グリム兄弟は特に断る理由が見つからなかったので、その誘いに乗った。

 夕方のうちにウレシアとエマにも声を掛けた。二人とも宴に参加するようだ。もっとも、エマはまだ酒を呑める年齢では無いらしいから、そこは程ほどにだが。


 ダイスの姿はなかった。自分とエマを置いて街を出たりはしないだろうから、放っておいても大丈夫だろうというウレシアの考えを汲み、グリム兄弟はダイスのことを気にとめないようにした。




「にしても、どうやったらあんなでっかい氷山なんか出せるんだぁ?」


 夜の宴は大きめの酒場で開かれた。

 ヘルムは街の人々から質問攻めに遭っていた。どうも、ヘルムが魔法で繰り出した氷山が、彼らの心を惹き付けたようだ。ヘルムは得意の苦笑いを浮かべて何とかやり過ごそうとする。彼は性格上、自身の力を誇示するような真似はしない。


 一方、ヤコは勧められた酒や食べ物を遠慮無く腹にため込んでいた。横に座っていたウレシアは、珍獣でも見るかのような目でそれを眺めていた。エマは気にせず、美味しそうにオレンジジュースを飲んでいる。


「なんだウレシア、お前食欲ねえのか?」


「あなたには遠慮がないのかしら…」


 街の人々はヤコの呑み食いっぷりに歓声を上げたりもしていた。


 ふと、ウレシアは、三人とは離れた位置に連れて行かれ質問攻めされているヘルムを見た後、ヤコに問いかけた。


「ヘルムって…お酒呑まないのね」


「あいつは酒に呑まれるタイプだ。一杯飲めば途端に使い物にならなくなる」


「へえ…」


 確かな実力のある魔導師にも欠点はあるのかと、ウレシアは納得した。


「ねえ、そういえばさ。あなたって何種類の魔法使えるの?」


「何種類?…ん~、そう言われると分かんねえなぁ」


「最初に出会ったときは炎魔法を使ってたし、でも消火の時は水魔法…弓矢を作り出す錬成魔法まで使える」


「兄さんは魔法適性が高いんです」


 ウレシアの素朴な疑問に答えたのは、素面しらふのヘルムだった。


「あれ、ヘルム…あなた質問攻めされてたんじゃ」


「あはは、お酒断ってたら、なんか街の人同士で酒豪対決みたいなのが始まっちゃったから…こっそり抜け出してきたんです」


「あなた世渡り上手そうね」


 ヘルムは苦笑いを浮かべた。


「ところで…魔法適性が高いって事は…」


「兄さんは炎、水、雷、地の魔法が使えるんです」


「それって凄いわよね…あれ、でも弓矢の錬成は?」


「錬成魔法も使えます。でも、錬成魔法っていうのは魔法適性に左右されにくいから、練習すれば誰でも使うことは出来ますよ」


「え、そうなの!?」

 

 ウレシアは呆気にとられていた。その様子を見たヘルムは、ここぞとばかりに机に身を乗り出し、ウレシアをじっと見た。ヤコは何かを感じ取り、何と無く距離を取った。


「ウレシアさん、魔法には主に三種類あるのをご存じですか?」


「あ、えっと…始原魔法と、邪道魔法と…その他みたいなイメージはあるけど」


「粗方合ってます!始原魔法は炎、水、雷、風、木、地、りゅうの属性をもつ魔法のことです。邪道魔法は、詠唱の存在しない魔法で、文字通りこの魔法を使う魔導師は殆どいません。もう一つは、錬成だったり、ウレシアさんが使っていた変化の魔法、後は治癒魔法など、始原魔法と邪道魔法に属さない変異魔法です」


「何となく理解できたわ。要は変異魔法は、練習すれば誰でも使える訳ね。始原魔法は魔法適性によって使える数が限られてるわけだ」


「その通り!さすがウレシアさん、筋が良いですね!」


 ヘルムは異様にテンションが上がっていた。ウレシアはその違和感に、顔を歪ませる。酔いが回りつつあったヤコは、ウレシアに近づき、ヘルムに聞こえないくらいの声で耳打ちをする。


「こいつ、魔法の話すんの大好きだから、まあ死なない程度に付き合ってやってくれ」


「死なない程度にって…」


「俺はなぁ、このテンションに丸一日ノンストップで付き合わされたことがある。飯もロクに食えないぞ?トイレにも行かせてくれない。向こうが疲れ知らずだからな…居眠りしたら叩き起こされるぞ、それに…」


「分かった、もういいわ。なんか聞きたくない…」


 ウレシアは頭を抱えた。ヤコはニシシと笑みを浮かべ、再び酒をあおった。


「ちなみに僕は魔法適性が高くないので、水魔法とそこから派生した氷魔法くらいしかまともに使えないんですよ。ウレシアさんはどんな始原魔法が使えるんですか?」


「…え?…えっと、一応風と水は少しなら…」


「風魔法ですか!いいですね~風魔法は戦闘以外でも有効に使えますね。それに魔力消費が他の始原魔法と比べて少ないのも特長の一つですよね。いやぁ、僕達も、風魔法があればどれだけ旅が楽になったかと…今でも時々嫉妬しますよ。いいなぁ~…ウレシアさんと一緒なら良い旅ができそうだなあ。例えばほら、海に出るときに使う船!あれなんか風魔法の使いようによっては―――――」


 ヘルムの熱弁に、ウレシアはちょっと泣きそうだった。


「にしても!あの火事の犯人は一体誰だったんだろーなぁ!」


 一人の男の声で、ヘルムの口が止まった。酔いが回りつつあったヤコも、少し冷静になった。

 この街の人々は、魔女に成りすました女のことを知らない。知ったらどんな反応を示すだろうか。魔女を軽蔑するようになるか…あるいは魔女を軽蔑した偽魔女を、軽蔑するようになるか。


「屋根の上に犯人が立ってるのを見たぜ!まあなにせ遠くからだったから、そいつが何者かは知らねえけどなぁ!」


「グリム兄弟がいなかったらやばかったかもなぁ!…魔女様が助けに来てくれたりしたんだろうか?!」


「馬鹿言え!魔女様のお手を煩わせることなんてあっちゃならねえぞ!」


「それもそうだ!ハッハッハ!グリム兄弟には感謝しなきゃいけねえなぁ!」


 深いことは考えない人間が多いのだろう、この街は。人々は、酒のせいもあってか、とにかく今は楽しもうと笑って、笑って、笑い合った。


 そんな賑やかな酒場で、ヘルムはヤコにこっそり問いかけた。


「兄さん、本当のこと話さなくていいのかな?」


「…いいだろ別に。あいつら、楽しそうだしな。いま本当のことを話して、あいつらの気分沈ませる趣味はねえし…。それに未だ俺たちだって分からないことだらけだろ?」


「そうだね」


「今は話す必要は無い。話すときがあるとしたらそれは、全部分かった後でいい。その時は、俺たち、殴られるかもな」


「あはは、彼らの魔女好きは折り紙付きだからね」




 宴は特にまとまりもなく、終わりを迎えつつあった。酒場を後にし家に戻る者もいれば、酔いつぶれて眠ってしまっている者もいた。少ないが、まだ呑んでいる者もいる。


 ヤコはほろ酔いをとうに通り越し、完全に酔いつつあった。酒に弱いタイプでは無いので、酔いつぶれることはない。

 ヘルムは相変わらず一滴も呑まずに、隙を見てはウレシアに魔法を熱く語った。


 やがて酒場に殆ど人がいなくなった頃、扉を開いて中に入ってくる者の姿があった。


「ダイス!」


 ダイスは酒場中を見渡した後、黙ってヤコ達の机に座った。

 そして、意外な一声を放った。


「…グリム兄弟だったか。…借りが出来た。この借りは必ず返す」


 それは、ダイスなりの感謝か。あるいは強がりか。ヤコはダイスと目を合わせないまま、静かに言った。


「ああ、絶対返せよ」


「…その返済の一部と言っては何だが……」


 ダイスは意味ありげにそう言い放ち、酒を一口呑んだ。


「グリム兄弟。お前らに俺たちの事を話そうと思う。元々エマが連れ去られたのは俺たちの落ち度だ。正体を隠すのは筋が通らねえ」


「さすが剣士って感じだな。それが武士道ってやつか?」


 ダイスはヤコの言葉には何も返さなかった。エマはうとうとしながらも、意識を保っていた。ウレシアは何も言わず、ダイスに言葉を委ねているようだった。


「…俺たちは、ある女からエマの護衛を任されたんだ」


 グラスの中の氷が鳴った。

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