04. 騒がしい朝

「一つ気になることがあるんだよね…」




 街中を歩くヘルムは、横目でヤコをやんわりと見ながら徐に呟いた。ヤコは咥えていた肉の串を近くのゴミ箱に投げ捨てた後に、ヘルムのつぶやきに応じた。




「なに?…偽魔女がなんで集落の人間を襲うかか?」




「それもそうなんだけど…」




 ヘルムは立ち止まった。少し前を歩いていたヤコも立ち止まる。




「偽魔女は集落から出た人間を襲うって話だったよね。実際僕らも集落から出たときに魔女に襲われた」




「そうだな、理由は分からんが偽魔女は集落の人間を養分だのとほざいてやがった」




「でも、僕たちは偽魔女に襲われる以前に、他の集落を行き来してたよね」




 ヤコはヘルムの言いたいこと、疑問点が分かり顔をしかめた。空を仰ぐように息を吐き、頭をポリポリと掻いた。ヘルムはそんなヤコの姿に拍子抜けしたように目をパチパチとさせた。




「ヘルム、お前はそういうとこに気付いちゃうから…謎が増えちゃうんだよなぁ」




「あはは、それって褒めてないよね?」




「そうだな、褒めてると言えば嘘になる」




 ヤコは再び歩き出した。




 グリム兄弟の弟、ヘルム・グリムは頭が良い。兄ヤコも当然頭は良いのだが、ヘルムはその上を行く。少しの違和感を咄嗟に感じ取り、それを他の事象と掛け合わせて疑問をはっきりさせる。


 更にその疑問の解決の糸口を紡ぎ、実際に解決するまでに至る経路を辿ることが出来る。そこにヤコが加われば、この兄弟にもはや敵はいないと言っても過言ではなかった。




 ヤコはヘルムのその疑問を理解し、更に一つの仮説を立てる。


 この仮説は、弟が敢えて兄に口で説明する必要は無いことは、ヘルム自身も分かっていた。




 あの時、偽魔女は、集落を行き来しているグリム兄弟以外の他の誰かをターゲットにしていた。




 これが、グリム兄弟の仮説だった。




「偽魔女が複数いる線は殆ど消えたことになるな」




「そうだね。複数いれば、僕たちは最初の集落を出たところで狙われていた筈だ。少なくともこの地域に、もう偽魔女はいない」




「となれば、魔女を探る手立ても皆無に等しいなぁ~」




 ヘルムは敢えて言わなかったことを無頓着な兄に息を吐くように言われ、苦笑いをした。




「この街に長居は無用か?」




「…そうだね。少し街を調べて、明日の朝にはここを出よう」




 グリム兄弟はその後、夜まで街を回り、人に話を聞いた。しかし誰も皆、最初に出会った男二人組と同じように、見たことも無い魔女の姿を熱く語るに終わった。分かったことと言えば、この街の人間の異様なまでの魔女崇拝心だけだ。




 それから街の図書館を三つ巡った。




 ヘルムは本を読むのが好きで、そこから情報を見つけ出すのが得意だった。一度読んだ本の内容は殆ど覚えることが出来、寝ずに七日間資料を読み漁ったことがあるという経験もあるとかないとか。




「残念だけどめぼしい情報は無いね。期待外れだったよ」




「まあお前が言うなら間違いないんだろうな」




 二人はそのまま宿に入った。ヤコは夕食を軽く取ると直ぐに布団に潜り込み眠った。


 ヘルムも、少し考え事をした後、部屋の電気を消して眠りに入った。






 朝、物音で最初に目を覚ましたのはヘルムだった。


 ヘルムは直ぐ傍の窓から街の外を眺めた。朝日が視線を遮る中、確かに何やら騒がしい街並みが見て取れた。聞いて取れた。




「兄さん、起きて」




 ヘルムはベッドから跳ね起き、着替えながら未だ眠るヤコに声を掛ける。八回目の声かけで、ヤコはやっと目を開いた。




「むにゃ……キムチ六百円半額…」




「何言ってるの兄さん、早く起きて」




 ヤコは体を起こし、何やら騒がしい街の話をヘルムから聞いた後、窓を覗いた。




「泥棒でも入ったか?」




「入るなら夜に入ると思うけど」




 二人は宿の受付で手続きを終え、宿を出た。




 出るや否や、走ってきた男の肩にぶつかりよろめいたヘルムは、男の走って行く先を目で追った。そして、異常な光景を目の当たりにした。




「兄さん!あれ」




 ヘルムが指差す先には、煙と炎で包まれた家々があった。昨日まで堂々としていた街並みが、今は色と形を変えて朝日に照らされていた。




「強盗にしちゃあ派手だなぁ」




「強盗じゃないよ!あれはどう見ても魔法の攻撃だ!」




 ヘルムは一目散に現場へと駆けていく。ヤコもそれに続く。




 先ほどぶつかった男は、微量な水魔法で消火を行っていた。しかし、それでは炎は消えなかった。他にもそれぞれが魔法を行使して消火を試みるが、どれもまさに焼け石に水だった。




「兄さん、消火を…」




「待て、あれは…」




 ヤコは炎の中に見える二つの影に目を凝らした。段々とその姿がはっきりとしてきた。二人の人影…二人の男女…黒髪と金髪……そして…あの顔。




「ダイスとウレシアか!」




 ヤコは炎の中に潜り込んだ。周囲の人間はそれに気付き悲鳴に似た声を上げる。ヘルムは苦笑いを浮かべながら、兄の帰還を待つことに決めた。そんな悠長な弟の姿に、呆れて声も出ない者は少なくなかった。




「おい!お前ら!」




 ヤコは黒い煙を吸わぬように袖で口元を抑えながら二人に近づいた。微動だにしない二人だったが、ヤコは直ぐにその理由に気付いた。


 二人は無傷であったが、気を失っていたのだ。眠らされているのだろうか。




「二人は担げないぞ…」




 ヤコは燃え盛る炎の中、立ちすくんだ。そしてあたりを見回す。木で出来た建物が炎に呑まれて崩れていく。このままでは自分の元に火の手が及ぶのも時間の問題だった。


 ヤコは両手を掲げた。




「水魔法は得意な方じゃないけど…」




 ヤコは意識を集中させた。




「アクオール、ファイドラ ベル ポワルント ポワルント ポワルント」




 詠唱の直後、ヤコの両腕付近に魔法陣が出現し、大量の水を噴射させた。攻撃性能の低い、完全火消し用の大量の水だった。


 水は炎による蒸発を凌ぎ、次々と温度を下げていった。やがてプスプスという音だけを残し、炎を完全に消し去った。黒から白に色を変えた煙の向こうから、歓声が聞こえた。




 少しして、焼け焦げて崩壊した家の中にヘルムが入ってきた。




「兄さん、その二人を起こそう」




「まずは俺の安否を安堵しろ」




「あ、よかったよかった。あはは」




 ヘルムは適当に苦笑いであしらい、眠る二人の元に駆け寄った。




「…エマがいないのが気がかりだな」




 ヘルムが二人の頬を数回軽く叩くと、先にダイスが目を開いた。




「うっ…」




 頭を抑える。そして、変わり果てた建物の姿を目の当たりにして、立ち上がった。




「エマ!!!」




 その叫びは虚しくも未だ止まぬ街の人間の歓声にかき消された。




「エマはどこだ!?…おい!」




 ダイスはヘルムの胸ぐらを握り、勢いに身を任せて叫ぶ。ヤコはダイスの腕を掴んで静止させようとするが、ダイスの目はヤコを睨んでいた。




「てめえ、なんでここに…」




「寝ぼけてんのか。朝起きたらここが燃えてて、見てみたらお前ら二人が炎の中で気失ってたから、消火してモーニングコールかけてやったんだよ」




 ヤコはいやみったらしく現状をかいつまんで説明した。ヘルムは苦笑いを欠かさない。




「気ぃ失ってただと…?」




 ダイスは信じられないような顔を浮かべた。そして舌打ちをした後、ヤコの手を振り払いどこかへ駆けていった。




「追う?」




「いいや、とりあえずそっちの…ウレシアを起こそうぜ」




 ヘルムは同様に頬を叩く。ウレシアは、快眠だったのか、寝起きにふさわしい声を上げ、気持ちよさそうに体を伸ばして見せた。豊満な胸がシャツの中で柔らかく運動している。




「…あれ、あなたたちどうしてここに?…って焦げ臭っ!」




 忙しいリアクションをさて置き、ヘルムは現状を話した。それを聞くや否や、ウレシアは立ち上がった。




「エマが!」




「落ち着いてください!エマならダイスさんが先に探しに行きました」




「探しに行ったって……じゃあエマは」




「僕たちが駆けつけたときにはエマはここにはいませんでした」




 ウレシアは露骨に不安げな表情を浮かべた。そしてダイスと同じようにエマを探しに行こうとしたが、ヘルムがそれを止めた。




「離して!エマを探さないと!」




「待ってください、僕たちも協力します。だから何があったか教えてください!」




「は!?」




 ヘルムの言葉に驚いたのはヤコだったが、ヘルムはそれを無視した。ヤコは溜め息を一つ吐いた。そして腕を組み、ウレシアに言葉を投げかけた。




「我が弟がこう言っているんだ、説明してくれ」




「……分かった」




 ウレシアは落ち着きを取り戻したようだった。




「…昨日の夜、私とダイスとエマでここにいて…エマが先に眠った後、私も寝たの。ダイスは…なんていうか、眠らなくても動けるヤツだからいつものように起きてたら…早朝に突然エマが誰かに攫われたって。私もすぐに起きた」




「攫われた?誰にですか?」




 ウレシアは手を顎に当て考えた。




「誰かって言われると分からない。…でも風貌はダイスから聞いた」




「どんな風貌だ?」




 ヤコは腕を組んだまま聞く。




「…黒い装束に紫の帽子……右手には木の杖を持ってたって」




 それは、グリム兄弟が出会った偽魔女の姿そのものだった。




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