02. 魔女
ヤコの発言に対する反応は、四つあった。
一つは、そうなんだよ、それ聞かされたら驚くでしょう、とでも言いたげなヘルムの笑み。
一つは、そんなの知るか。そんなことより剣が一番だ、とでも言いたげなダイスの舌打ち。
一つは、嘘!そんなの聞いたことない!そんなことある!?、とでも言いたげなウレシアの困惑。
そして一つは、底知れぬ少女の眼差し。
「ちっ、いい加減にしろよこの人殺しが…」
「いい加減にするのはあんたでしょ!」
剣を構え直すダイスの後頭部に、ウレシアの怒りのゲンコツが振り下ろされる。
ダイスはうめき声を上げ、頭を抱えて地面に座り込む。
「あはは、おっかないなぁ」
ヘルムは苦笑いで誤魔化す。ヤコは小さくため息を吐いた後、三人に向かって自己紹介を始めた。
「俺はヤコ・グリム。そいつは弟のヘルム・グリムだ。…俺たちは魔法の詠唱に関する研究をしてるんだ」
ヘルムはウレシアのそばから離れ、ヤコの隣に移動した後ペコリと頭を下げた。
「僕たちは研究のために旅をしてて、魔女がこの地域にいるって話を聞いたんです。そしたらこの男性が血塗れで倒れていて…魔女にやられたと言い遺して息を引き取りました」
ダイスは未だに痛む後頭部をさすりながら、気に食わぬ顔でグリム兄弟を睨みつける。
ウレシアが口を開いた。
「グリム兄弟…聞いたことある。その能力は謎に包まれてるみたいな話も。その詠唱の研究と、あなたの少し変わった詠唱に関係があるってことね」
「そうだ」
ヤコは右手をウレシアに向けて伸ばした。
「俺たちは5年前に、魔法行使の詠唱の新たな法則を発見した。今なお分からないことだらけだが、この新たな詠唱を使うと、魔法が通常よりも力を増すと同時に、威力をより細かく調整することが出来る」
続きをヘルムが話す。
「僕たちはこれを“グリムの詠唱法則”って今のところは呼んでる。もちろんまだ世間には知られていない法則だから、そう簡単に広めようとは思わない。研究も途中だしね」
ヘルムはウレシアに目をやって続けた。
「新しい詠唱法則って言っても、既存の詠唱との違いはそこまで大きくない。それを、兄さんのたった二回の詠唱で見抜くなんて、ウレシアさんは只者じゃないね」
ヘルムの微笑みがウレシアに刺さる。
「私はウレシア・ミナ。いちおう魔導師。あなたたち二人の研究には興味があるわ」
ウレシアは少しダイスに目をやりながら続ける。
「こっちはダイス・ヴォルボット。魔法はほとんど使えないけど、剣の腕は確かよ。さっきはごめんなさい」
「はっ!エマに危険が及んだかもしれねえんだ。俺たちが謝る必要はねえだろうが」
ダイスは苛立っていた。
「エマ?」
ヤコが呟く。
「あ、この女の子がエマ」
常にウレシアの腰の後ろに隠れていた少女エマがひょこっと顔を出した。白くて長い綺麗な髪がふわりと揺れ動く。ヤコとヘルムを見ると、少しだけお辞儀をした。
「ごめんなさい。まだ小さいから、ちょっと人見知りなところがあって」
「いやそりゃあいいんだけど…あんたらなんだ?夫婦か?」
ヤコの無神経とも取れる質問に、ウレシアは顔を少し赤らめて首を横に振って否定した。
ダイスがやっと立ち上がった。エマの頭に手を置く。
「詳しいことを言うつもりはねえが、俺たちは夫婦でもねえし、エマとは血の繋がりはねえよ。勝手な推測してんじゃねえよ」
「お前が言うか」
ヤコは小声で文句を垂れる。ヘルムが笑ってごまかす。
「ねえヤコ、ヘルム。私たちと少し一緒に行動しない?」
「はぁ!?」
ダイスが露骨に嫌がった。
「私たちもあの街に行く予定なの。あなたたちもそうでしょ?それに…魔女のことも気になっているようだから、知っていることを教えてあげるわ」
「おーそいつはありがてえ」
「では…お言葉に甘えさせていただきます」
グリム兄弟は各々の感謝を述べる。ダイスは気に食わないようだが、エマが嫌がっていない様子を確認するやいなや、黙ってウレシアに従った。
グリム兄弟は少しエマに近づいた。
「よろしくな、エマ」
「…うん」
エマは少し頷いた。
「魔女っていうのはこの辺の地域に潜んでいると言われる女魔導師のことよ。私も見たことはないけど、その強さは当然相当なものらしいの」
ウレシアは街に入ってからグリム兄弟に魔女について説明をしていた。
「それでこれは少しおかしな話なんだけどね」
ウレシアは少し間を置いた。
「この街では魔女が異様に崇拝されているけど、他の集落では逆に魔女は忌み嫌われているの」
ヘルムの予想は的中していた。となると、先ほどの男はこの街の人間ではない説が濃厚になったということだ。
ちなみにさっきの男は、ウレシアの手筈で土の中に埋めてきていた。
「詳しいなウレシア」
「私たち、暫く長い間この街に身を置いているから、そういう話は耳に入ってくるの」
「おいウレシア。余計なこと口走んな」
ダイスがウレシアを咎める。おそらく、長い間この街にいるということを知られたくなかったのだろうと、グリム兄弟には予想がついていた。
「大丈夫よ。この二人は悪い人じゃないわ」
「そうそう、別に俺らは何もしねえよ」
ダイスは舌打ちをした。すると、ダイスの足元にいたエマが眉を八の字に曲げて悲しげな表情でダイスを見上げた。
「おーすまねえなエマ」
ダイスは声色を少し変えてしゃがみ込み、エマの頭を撫でた。
その様子を見ていたヤコは思わず口にした。
「あいつロリコンか?」
「兄さん、それはちょっと違うんじゃないかな」
「…ダイスはエマが大好きなの。もちろん私もエマが大好き。ごめんね、詳しいことは話せないの」
「別にいいさ。妙な詮索をするつもりはねえよ。それより、魔女についてもっと聞かせてくれ」
グリム兄弟とウレシアは、街の広場のベンチに座っていた。ダイスとエマは二人で街を回っていた。どうやらエマがそうしたいらしい。
「魔女は夜に姿を現わすって言われてるの。だから他の集落では夜は出歩かないっていうのが暗黙の了解らしいんだけど…この街では関係ないみたい」
ウレシアの説明に、ヘルムは引っかかっていたことを口にした。
「この街で魔女が崇拝されている理由は何ですか?」
「あ、それは…」
「魔女様の話かい?」
ベンチの後ろから、二人の男が近づいてきた。二人とも見事に禿げ上がっているが、恰幅がやけによかった。
「魔女について何か知ってるんですか?」
ヘルムは男二人の尋ねた。すると、男二人は何やら嬉しそうに説明しだした。
「知ってるも何も、魔女様はこの街の恩人だよ!この街で魔女様を知らない人はいない!」
「魔女“様”ね~」
ヤコは聞こえないようにボソッと呟く。
「恩人とは、どういうことですか?」
「かつて魔女様は、その類まれなお力でこの街を厄災から救ってくださったのさ!それ以来街は繁栄を重ね、今ではこんなに巨大な都市にまでなった!魔女様は我々の誇りだ」
それから、全く役に立たない男二人の暑苦しい魔女愛を、ヘルムは得意の苦笑いでやり過ごした。
ヤコはベンチの背もたれに顎を乗せて口を開いた。
「でもその魔女“様”は姿を現さねえんだろ?」
「そうさ!魔女様は我々に姿を見せない!それがなんと誉れ高いことか!穢れが一切ない証拠ではないか!!」
「あーこりゃ、だいぶ騙されてそうだなぁ」
ヤコは男二人に背を向け座り直し、そう呟いた。ヘルムはここでも苦笑い。ウレシアも苦笑いを浮かべていた。
ヤコは再び男二人の方に体を向けた。
「でもよ、さっき街の外で倒れてた男は…」
「兄さん待って!」
ヘルムがヤコを静止した。男二人はきょとんと顔を見合わせた。
「街の外が…どうした?」
「いえ、なんでもありません。色々教えていただいてありがとうございました」
ヘルムはペコリと頭を下げて礼を言った。男二人は、自らが誇りに思う魔女の話が出来て気分が良くなったらしく、楽しそうにステップなんかを踏みながら酒場に入って行った。ちなみにまだ昼間だ。
「どうしたんだよヘルム」
「余計な質問はしないほうがいいと思って…。あの二人に、街の外で魔女に殺された男がいたよ…なんて言ったら面倒なことになる」
「それもそうか…怒りを買うだけだな、この街じゃ」
ウレシアはヘルムをまじまじと見ていた。
「あなた、礼儀正しいのね」
「あはは、まあ、兄さんに比べればね」
「なんか言ったか?」
「いや、なにも」
ウレシアは立ち上がった。
「他に聞きたいことはある?」
「いやぁもうねえなぁ。魔女について知ってることがまだあるなら話してほしいが」
「私もそこまで詳しく知っているわけじゃないの。厄災から街を救ったなんて話…初めて聞いたし…」
ウレシアの歯切れが少し悪いと、グリム兄弟はすぐに分かった。
「確かにな、厄災は賢者が食い止めたってのが通説だしな」
ヤコの何気無い一言に、ウレシアは明らかに動揺していた。
「どうしました?」
ヘルムが声をかける。
「い、いやなんでもないわ。…ダイスとエマを呼んでくるわ」
ウレシアは足早に街の中に消えていった。
ヤコとヘルムはその場に座ったまま、顔も合わせずに話し始めた。
「どう思う?」
「明らかに動揺してたと思う。賢者って言葉に」
「でも賢者が厄災を食い止めたって話は超有名な話だろ?学院の教科書にも載ってたくらいだしな。何を動揺することがあるんだよ」
「今は分からない。…とりあえず当面は、魔女とやらについて探っていくのがいいんじゃないかな」
「そうだな。魔女が救世主なのか、ただの人殺しなのか、確かめようじゃねえか」
グリム兄弟は魔女について探ることに決め、ウレシア達が戻るのを待った。
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