レーズンパイ

「岳くん! 外! 外見て! 雪が積もってるよ! 一面銀世界だよ! 」

 朝、目が覚めると隣に寝ていた吹雪ちゃんが嬉しそうに窓の外を見つめている。

「おはよう? 寒くないの? 」

 そういって俺は毛布にくるまりながら一緒に窓の外を見る。

 

「うわぁ~っ、本当に銀世界だね…(貯金使ってスノーモービル買っといて良かったぁ~! )」

 そういえば二十日大根大丈夫かな? 雪中キャベツとか聞くけど…。

「こんな日は忙しくなると思うからお店の準備しよ♪ 」

 そういって手を差し出してくる。


「えっ? こんな雪の日なのに? 」

 本当かなぁ? と半信半疑ながらも服を着替えてお店の準備と朝食の準備を始める。

「こんな日だからだよ♪ 」

 そういって吹雪ちゃんはオムレツなど簡単なおかずを俺はトーストを作る。(やっぱり料理は吹雪ちゃんにかなわない…)


 俺達は朝ご飯を食べ終えて食器を片づけているとドアベルが鳴る。

「いらっしゃいませ! お好きな席にお座り…」

 そう言いかけたが入ってきたのはチワワだった。

「はい、こちらにどうぞ♪ 」

 そういって吹雪ちゃんはアリスのメイド服を着ながら接客する。余程気に入ったのだろう。


「岳くん、あのチワワちゃんでも食べられるケーキをお願い♪ 」

 なるほど、あのチワワちゃんはケーキをご所望か…。

「今ある在庫で大丈夫そうなのは焼きリンゴのケーキかな…。でも糖分の摂りすぎになっちゃうけど…大丈夫なのか? 」

 そう尋ねると吹雪ちゃんは頷いて

「うん、大丈夫だよ♪ あっ、でも死んじゃう食材はやっぱダメだよ! 」


 じゃあこのレーズンパイは食べられないか…。

「はい、焼きリンゴのケーキ! これなら大丈夫だと思うから持っていって♪ リンゴの甘さだけで作ってるから♪ 吹雪はこっちに温めたメープルシロップを添えたのを置いておくから食べてみて♪ 」


 そう、この焼きリンゴのケーキは温めたメープルシロップをかけて食べる商品なんです。だけど糖分の摂りすぎには気をつけなくちゃなのでチワワちゃんには付けてません。

「ほう、それも美味しそうじゃの♪ でも儂はこのあいだ『あっぷるぱい』を食べたから今日はリンゴじゃないのがえぇ~のぉ~」

 神山さん、あなたいつのまに!

「コーヒーはブルマンで頼むぞ」


 そういって神山さんはカウンターに座って今朝犬山さんが持ってきたスポーツ新聞を読み始めた。

「吹雪、神山さんにおしぼりを渡して♪ 」

 そういって俺はコーヒーミルで豆を砕いてサイフォンでコーヒーを抽出する。


「神山さんリンゴ以外のケーキだとレーズンパイ、ガトーショコラそれとチーズスフレですね…。どうしますか? 」

 三種類のケーキを見せながら尋ねると神山さんはレーズンパイを指差すので俺はレーズンパイをお皿に盛り付ける。

「おまたしぇひまひた」

 口をもごもごさせた状況で接客するなって…。リスみたいにほっぺたパンパンじゃん!


「吹雪、俺が出すからゆっくり食べてていいよ…。ごめんなさい神山さん」

 そういって俺がお皿を持っていくと神山さんは笑いながら

「別に大丈夫じゃよ♪ 儂は2人の保護者みたいなもんじゃからフォッフォッ♪ それより吹雪ちゃんが食べとるのはなんじゃ? 」

 余程ケーキが好きなんだろう興味津々な様子で吹雪ちゃんのお皿を見つめている。

「あれは『焼きリンゴのケーキ、あったかメープルシロップを添えて』っていうメニューで焼きリンゴのケーキにあったかいメープルシロップをかけて食べるデザートになってます。あれは店内限定の商品でテイクアウトはやってないんです」

 

 そういうと少し残念そうな顔をしたあと神山さんはお皿を持って吹雪ちゃんのもとに行く。

「それも美味しそうじゃの? 儂のと半分こしないかの? 」

 そんなことするなら1つただで…。っておい!残ってたカットケーキ吹雪ちゃん全部食べようとしてる! しかも全部にメープルシロップかけちゃってるよ!


「ふぇっ? 神山さんも食べたいの? うぅ~ん、岳くんの他のケーキも食べたいし…。いいでふよ♪ 」

 いいでふよ♪ じゃない! 1個350円のカットケーキを7カットも食べようとしてるの! 2450円分の損失だよ!


「このケーキもおいひいでふね♪ 岳くんはてんふぁいです♪ 」

 お口にケーキを入れながら喋るなよ…。それに頬っぺたにメープルシロップついてるし…。

「ほらっ、頬っぺたにシロップついてるよ…」


 そういって俺は吹雪ちゃんの口元を拭ってあげる。

「いやっ、くすぐったいてば♪ 」

 なぜ頬っぺたを拭くだけなのに吹雪ちゃんは色っぽい声を出すのだろう?

「ほんに2人は仲がえぇのぉ~」

「はい、だって夫婦ですから! 昨日の夜だって…」

 ちよっ、吹雪ちゃん! それはダメ!

「ストップ! ストーップ!! それ以上はどんな人であろうと言っちゃダメ! 俺と吹雪だけの秘密にして! 」


 なんとか夫婦の営みについての暴露は免れた。

「ワンッ! ワンワン! 」

 ケーキを食べ終えたチワワが神山さんの足元にいって何かを伝えたいのか必死に吠えている。

「ほぅ、ほぅほぅ…。左様か…、しかしのぉ儂にも限度が…」


 そういって何か会話をしているので気になり何を話しているのか尋ねると

「いや、このわんこお金を持ってないみたいでどうすれば良いのか儂に聞いてきたのじゃよ…」

 要するに無銭飲食ですか…。いい度胸してるじゃねぇかこのわんこ…。

「しょうがない、また今度来たときにまとめてお代をいただきます。わかった? 」


 そういってチワワを見つめるとチワワは嬉しそうに大きな声で『ワンッ! 』と力強く吠えた。

◆◇◆◇

「それじゃあ、そろそろ帰るかの? わんこも帰るか? 」

 そういって神山さんがチワワに尋ねるとチワワは首を横に振り山頂の方を見つめる。

「そうか、では元気での♪ 」

 そういって神山さんはテイクアウト用のケーキを持って帰っていく。


 チワワは俺達に頭を下げたあと山頂に向かって歩いていった。

「行っちゃいましたね…」

 あれ? 待てよ、山頂にむかっていったってことは…。

「お金回収出来ないじゃん! 」


 教訓1 死者のツケはダメ絶対!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る