第79話 冒険者としての矜持

 キラーボアの武器は牙でも爪でもない。その巨体を生かした突進だ。

 一度走り出したら、アメルの力でそれを止めることは難しい。

 何とかキラーボアが動きを止めている今のうちに、与えられるだけのダメージを与える必要があった。

 そのためには──とにかく、攻める!

 アメルはキラーボアの脚を狙って斬りかかった。

 脚に深い傷を与えれば動きが鈍るだろうと思ったためだ。

 踊るように繰り出した斬撃が、キラーボアの脚の付け根を斬る!

 キラーボアは鳴きながら後退りして、後ろ足で地面を引っ掻き始めた。

 させない!

 刃を振り抜いた勢いを止めぬまま、アメルはその場をくるりと一回転する。

 続けて斜めに振り上げた双剣が、胴を斬りつける。

 綺麗に入ったが──キラーボアの胴体は肉の塊だ。多少傷を付けたくらいでは堪えない。

 ぶぎぃぃぃぃっ!

 キラーボアが吠えた。

 全身を震わせて、渾身の力を込めた体当たりを繰り出す!

「!」

 アメルは咄嗟にキラーボアの傍から離れた。

 キラーボアは弾丸のように走り出し、傍の木に激突した。

 どしん、と派手な音がして細かい木の枝や葉っぱがばらばらと落ちてくる。

 それを頭に被りながら、キラーボアは方向転換をした。

 かなりの勢いで木にぶつかったというのに、全然堪えている様子がない。

 足先で地面を引っ掻いて、アメルをぎらりと睨んで頭を低くする。

 再度自分めがけて突っ込んでくるキラーボアを、アメルは寸でのところでかわした。

 避け損ねたら、きっと立ち上がれなくなる。その恐怖が身を竦ませる。

 何とかして突進をやめさせなければ。しかしどうすれば良いのかが分からない。

 真っ向から力比べをするのは──分が悪すぎる。

 噴煙玉を使っても、この勢いだ。大した効果は期待できないだろう。

 何か、ないか。他に有効な手立ては。あの動きを止められる、必殺の一撃は。


 壊してしまえばいいんだよ。


 アメルの心の中で──自分自身が、そう囁きかけてくる。

 アメルはこくりと喉を鳴らした。

 私の中に眠る力なら……あの魔物を、止めることができるかもしれない。

 それだけに留まらない。巨大な飛空艇をも沈めた力だ、こんな生き物一匹など、一瞬にしてただの肉の塊に変えることができるだろう。

 私の力を使えば……

 アメルはキラーボアを狙って右の掌を翳した。

 相手を睨み据える、その視界に──突如としてレオンの顔が浮かび、彼女はハッとした。

 これは……私が一人前の冒険者になれるかどうかを試してるテストなんだ。

 私自身の力でやり遂げなくちゃ、意味がない。レオンだってきっと喜んでくれない!

 唇をきゅっと噛んで、翳していた手を下ろすアメル。

 そこに迫る、キラーボア。

 自分の葛藤に意識を取られていたアメルは、それに反応するのに一瞬遅れた。

 キラーボアの体が、勢い良くアメルを跳ね飛ばす。

 アメルは宙を舞って、ボールのように地面の上を跳ねながら遠くへと転がっていった。

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