第78話 キラーボア
キラーボアはリンドルの街と隣街を繋ぐ街道沿いに出没するという。
受注書で得た情報を元に、アメルは討伐対象であるキラーボアの姿を懸命に探した。
キラーボアは体長二メートルを超える巨大な猪だ。その巨体で繰り出される突進は、か弱い人間の骨など一瞬で折ってしまう。
アメルも訓練のお陰で大分体が出来上がってきたとはいえ、基本は少女の体だ。キラーボアの体当たりを食らったら無傷では済まないだろう。
相手に気付かれるよりも前に相手を発見し、気配を悟られないように接近し、急所である首に一撃を加える。
それが、アメルが立てた作戦だ。
それを無事に遂行できるかどうかは、彼女の索敵能力にかかっている。
絶対に、このお仕事をやり遂げるんだ。
小さな決意を胸に秘め、彼女は双剣を手に街道を進んでいった。
遠くの空を横切っていく鳥の群れ。
強めの風が吹き、彼女の足下をざあっと撫でつけて遠くへと翔けていく。
平和だ。
本当に、こんな場所にそんな凶悪な魔物が棲んでいるのかな……
彼女がそう思い始めた頃。
前方に黒い影の塊のようなものの存在を見つけて、彼女は立ち止まった。
緩く弧を描いた乳白色の牙。
短い黒い毛並みに埋もれた、黒々とした眼。
遠目からでも強靭であることが分かる、筋肉質の脚。
間違いない──問題の、キラーボアだ。
キラーボアは鼻をふんふんと鳴らしながら、地面の匂いを一生懸命に嗅いでいる。
アメルの存在に気付いている様子はない。
猪って鼻がいいから……風上に立たないようにしなきゃ……
アメルは風の向きに注意しながら、少しずつキラーボアの死角に回って近付いていった。
そして、後十メートルというところまで接近した時。
急に、キラーボアが地面の匂いを嗅ぐのをやめて顔を上げた。
びくっとして身を縮めるアメル。
キラーボアは落ち着きなく辺りをきょろきょろと見回している。
大丈夫だ。まだアメルの存在には気付いていない。
アメルはほっとして、鞄から噴煙玉を取り出した。
それを右手に持ちながら、再度キラーボアとの距離を詰めていく。
後五メートル。三メートル。
今だ!
アメルは噴煙玉を爪で擦り、キラーボアの鼻先めがけて勢い良く投げつけた!
ぶしゅーっと噴き出た煙がキラーボアの視界を覆い隠す。
突然の煙の発生に驚いたのだろう、キラーボアが鳴き声を上げながらたじろいだ。
その隙に、双剣を構えたアメルがキラーボアの首を狙って突進していく!
振りかぶった右の双剣を、キラーボアの首に突き立てる。
ざぐっ、と鈍い音がして双剣の刃はキラーボアの首に深く潜り込んだ。
ぷぎゃああ、とキラーボアが悲鳴を上げた。
大きく身を捩って暴れ、辺りに充満する煙を振り払いながらアメルの方を向く。
怒りを秘めた黒い目が、アメルのことを睨みつける。
アメルは奥歯を噛み締めて、キラーボアの首から双剣を引き抜き構えを取った。
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