第76話 戦争の終わり
飛空艇を失った後のビブリード帝国の様子は一変した。
我が物顔で街を徘徊していたのが豹変したかのように、必死に抵抗を続けていた冒険者たちに追いやられて街から退いていき、彼らの前から姿を消した。
それは、アガヴェラ国とビブリード帝国との間に二年もの間続いていた戦争が、アガヴェラ国の勝利を持って終結したことを意味していた。
アガヴェラ国は──長きに渡って待ち望んでいた真の平穏を手に入れたのである。
アガヴェラ国軍の兵士たちに敬礼で見送られながら飛空艇から降りたアメルは、まっすぐにレオンたちが待つ冒険者ギルドへと向かった。
そこかしこで煙が上がっている大通りを駆け抜けて、いつもの戸口をくぐる。
中には、ラガンと、訓練所に通う子供たち、ナターシャ、そして車椅子に座ったレオンがいた。
「アメル……お前は本当に凄い奴だよ」
ラガンはギルドカウンターから出てきながら、心の底から感心した様子でアメルに言った。
「長年国軍が力を尽くしても押さえ込むことしかできなかったビブリード帝国の飛空艇を撃沈してしまうんだものな。お前は、この国を救った英雄だよ」
「……お前、みんなのために船に乗って戦ってくれたんだってな」
アメルを遠巻きに見ていた子供の一人が、口を開く。
「お前のことを苛めたりして、ごめんな」
ごめんなさい、とそこかしこで上がる子供たちの声。
アメルはゆっくりと首を振って、笑った。
「ううん、いいよ。そんなことはもう」
「アメル」
ナターシャが静かにアメルに歩み寄る。
彼女はアメルの頭をくしゃくしゃと撫でて、微笑んだ。
「よく逃げなかったね。それだけで、あんたは十分に頑張った。あんたは、あたしたちの自慢だよ」
「……ナターシャさん」
頭を撫でられるのが心地良いと思いながら、アメルははにかむ。
その表情が、レオンに視線が移った瞬間にふっと消える。
レオンは、目を閉じて黙ったまま車椅子に座っていた。
その姿は、眠っているようにも、目の前の光景を見まいと瞼を閉ざしているようにも見えた。
「……レオン」
恐る恐る、呼びかける。
レオンはゆっくりと目を開けた。
視線が交錯する。
彼は、アメルを戦争に参加させるのに反対していた。今回のことはその思いを踏み躙ったことに等しいのだから、ひょっとして怒られるのではないかと、アメルは思った。
厳しい言葉を言われるのは覚悟しよう。アメルはこくんと息を飲んで、下腹に力を入れた。
レオンが──開口する。
「……お帰り、アメル」
彼はふっと笑って、両腕を控え目に広げた。
「君が無事に帰ってきてくれただけで十分だよ。ありがとう、元気な姿を僕に見せてくれて」
「…………!」
じわり、とアメルの目に涙が浮かんだ。
アメルはレオンの腕の中に飛び込んだ。
自分のことを抱き締めてくれるレオンの腕に力強さはなかったが、彼の優しさを十分に感じ取って、彼女は涙を零したのだった。
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