第74話 蘇った記憶

 ビブリード帝国の船がぐんぐん近付いてくる。

 司令官はアメルに問いかけた。

「アメル殿。どの程度近付けば敵艦を狙撃できるかね?」

「……分からない……」

 アメルは首を振った。

 自分の中に眠る破壊の力を自らの意思で操ることが初めての彼女にとって、彼の言葉は物凄いプレッシャーだった。

 もしも力を満足に操ることができなかったら、相手の船は容赦なくこちらを狙撃してくるだろう。

 自分のせいで、誰かが死ぬ。そんな光景を見るのは嫌だった。

 アメルは胸元でぎゅっと拳を握った。

 ……お願い。此処にいる人たちを守って……

 遂に、飛空艇の高さが並ぶ。

 風さえなければ相手の甲板に飛び移れるだろう、そのくらいにまで接近して、飛空艇は動きを止めた。

 甲板に、誰かが立っている。

 その人物はアメルの姿を見つけると、おやおやと微妙に困ったような素振りを見せた。

「……まさか、お前がそこにいるとはね……想定外だよ。嬉しくもあるが、実に困ったものだ」

 彼は両手を広げて歓迎のポーズを取りながら、言った。

「お帰り、カイ。私はお前が帰ってくるのをずっと待っていた。片時も忘れたことはなかったよ」

「…………!?」

 アメルの視界がぐらりと揺れる。

 倒せと言われていた敵国の飛空艇に乗っているその男の姿が、彼女の中に眠っていた記憶を大きく揺さぶったのだ。

 ……この男は。この船は……

 彼は優しくアメルに語りかける。

「さあ、私の元に帰っておいで。そして父たる私と共に、アガヴェラを滅ぼすために戦っておくれ」

 彼の傍らに佇んでいた銀の髪の少女が、じっとアメルを見つめる。

 自分と瓜二つの容姿を持つ少女──それがリヴニルと共にいる姿を見て、アメルはハッとした。


 閉じられていた記憶の門が、開かれる。


 緑色に輝く液体で満たされた水槽の中で眠っていた自分。

 そこから外の世界へと連れ出し、数多の人間と戦わせ、世界を破壊させた一人の男。

 その日も彼の命に従って飛空艇に乗っていた。

 そこでアガヴェラ国軍の飛空艇と激突し、自分は飛空艇から落ちたのだ──


「……思い出した……」

 アメルは頭を抱えて、何度もかぶりを振った。

「……私、戦争のために作られて……この国と戦うために、船に乗っていた……」

「思い出したのかね? 自分が生まれた時のことを」

 リヴニルは笑う。

「そう。お前は私が長年の研究の末に生み出した人造人間ホムンクルスなんだよ。此処にいるサエルとは姉妹の関係にある……お前が私たちと争う理由はないんだよ。むしろ協力の関係性にあるんだ。理解できるかな?」

 サエル、と呼ばれた少女は、相変わらず無表情でアメルに注目している。

 彼女にとっては、アメルが自分とどういう関係にあろうが関係のないことなのだろう。

「さあ。こちらに来なさい。そして真の敵であるアガヴェラの船を、お前の力で沈めるんだ!」

「…………」

 アメルは唇を震わせてリヴニルを見た。

 彼女が思い出した自らの過去は──我を忘れさせるほど、彼女にとっては衝撃的なものだったのだ。

 自分は、自分のことを拾ってくれたアガヴェラの敵だった。

 その事実を認めて、本来の居場所に帰ることは容易い。

 でも。

 それでは、街に残してきたレオンは──ナターシャは、皆はどうなる?

 彼らを残して、彼らの元を去ることなど、彼女には到底できることではなかった。

 自分は、必ず帰ると約束したのだ。

 過去がどうであれ、今の自分は、冒険者を目指すアメルという人間なのだ──


「…………嫌」


 アメルは首を振って、言った。

 リヴニルの片眉が跳ね上がる。

「……私、貴方のところには行かない。私には、やりたいことがあるの……私には、帰りを待ってくれている人たちがいるの!」

「……報告で何度か聞いていたからもしやとは思っていたけれど、やはり暗示が解けた状態では、私の言うことは聞いてくれないようだね」

 ふう、と彼は溜め息をついた。

「もういい。お前は失敗作だ。サエルの力で、その船共々沈めてあげよう」

 サエルの背を押して、高々と叫ぶ。

「やれ、サエル! 敵艦をお前の力で撃墜しろ!」

「……バイバイ、おねえちゃん」

 サエルが両の掌をアメルの方に向けながら、微笑む。

 彼女の手から放たれた力の奔流は、アメルの横を通り過ぎ、備え付けられていた砲台を吹き飛ばした。

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