第73話 翼に思いを乗せて

 街の外れにある広い空き地。そこに、アガヴェラ国軍の飛空艇は停泊していた。

 すぐ傍にビブリード帝国の飛空艇の存在があるからか、兵士たちが忙しそうに出入りしている。

 兵士に案内され、アメルは司令官がいる部屋へと訪れた。

 他の甲冑姿の兵士と比較して立派な作りの兜を被っている大柄な司令官は、アメルの姿を見ると感激して彼女に近付いてきた。

「アメル殿! 遂に貴君が我が飛空艇団に加わってくれるのか! こんなにも心強いことはない!」

 アメルの手を固く握って、彼は言った。

「これで、我が軍はビブリード帝国に勝ったも同然! 必ずや国の平和を取り戻すことができるであろう!」

「…………」

 アメルは俯いて、困ったように視線を足下に這わせた。

 アメルは、不安だったのだ。彼らが言うように、自分が本当にこの国の窮地を救うことができるのかが。

 そんな彼女の胸中など知る由もなく、司令官は早速アメルを連れて飛空艇の甲板へと移動した。

 砲台が並ぶ、広々とした板の足場。その先端まで歩いていって、司令官は上空を見上げる。

 不気味なくらいにその場から動こうとしないビブリード帝国の飛空艇──それを見つめて、言う。

「これから、この船で帝国の飛空艇に接近する。貴君には、近付いたところを例の力で狙撃してもらいたい」

「司令官、離陸準備整いました!」

 船の中から駆け足で出てきた兵士が姿勢を正して報告する。

 よし、と司令官は彼の方に振り返って、号令をかけた。

「総員、戦闘配備! 我々はこれより、敵艦への攻撃を開始する!」

「はっ!」

 船内に戻っていく兵士。

 プロペラが一斉に回転を始め、轟音と共に、飛空艇はゆっくりと宙に舞い上がった。

 ごうっと強い風が甲板を吹き抜けていく。

 飛ばされそうになり、アメルは必死に足を踏ん張った。

 みるみる遠くなっていく地上。路上で帝国の戦闘兵器と戦いを繰り広げている冒険者たちの姿が見える。

 建物の群れの中に冒険者ギルドの存在を見つけて、彼女はきゅっと奥歯を噛み締めた。

 レオン……ナターシャさん。私、行くよ。必ず帰るから、待ってて……!

 彼女を乗せた飛空艇は、上空にいる帝国の飛空艇を目指してぐんぐんとその高度を上げていった。


「……来たね。アガヴェラの船が」

 甲板から眼下を見下ろして、リヴニルはモノクルの位置を直しながら呟いた。

 何処か上機嫌に笑みながら、傍らに佇んでいる少女に目配せする。

「御覧。お前に破壊される敵国の船が、自らに降りかかる運命も知らずに近付いてきたよ」

「…………」

 少女は黙したまま前を見つめている。

 銀の髪が、彼女が纏う白いワンピースと共に風に踊っている。さながらそれは、宙を舞う花のようだ。

「この船に接近してきた時が、アガヴェラの最期だ。何が起きたのかも理解できないうちに、炎の中に叩き落としてあげよう」

 すっと右手を前方に掲げて、リヴニルは朗々と言った。

「今日がアガヴェラの滅亡の日だ! 我らビブリード帝国の手によって、新たな国の歴史が紡がれるのだ!」

 少女は前に進み出て、前方をじっと見つめた。

 遠くに、空を翔ける船の姿が見える。それを見つけて、彼女はまるで玩具を見つけた子供のようににぃっと笑ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る