第71話 いざ行かん大空へ

「アメル殿!」

 避難してきた子供たちで騒然となっている冒険者ギルドに、国軍の兵士が駆け込んできた。

 いつも彼を連れている兵士長の姿はない。

 彼は子供たちとは離れた場所で不安そうに佇んでいるアメルの元に迷わずやって来ると、言った。

「ビブリード帝国の飛空艇が現れました! 奴らは戦闘兵器を大量に放って街を蹂躙しています! このままでは街が壊滅するのも時間の問題です!」

 アメルがこくんと喉を鳴らす。

 兵士は頭を垂れると、彼女に懇願した。

「お願いです、飛空艇団に加わって下さい! この街を奴らの手から守るために、我々と一緒に戦って下さい!」

「……どうするかはお前が自分の意思で決めるんだぞ、アメル」

 兵士の言葉を聞いていたラガンが、静かに言う。

「レオンはお前を戦争に送り出すのは反対していたが……どうするかを決めるのはお前だと、俺は思っている。この場でお前が帝国と戦うと決心したのなら、俺はお前のことを快く送り出してやるつもりだ」

「……私……」

 アメルはラガンと兵士の顔を交互に見て、俯いて、答えた。

「……私だって、レオンを守りたい。レオンに守られているだけじゃなくて、レオンを守れる人間になりたい」

 ゆっくりと顔を上げる。

 そこには、普段の大人しそうな少女の面影はない。

 一人の、冒険者としての顔をした人間の姿があった。

「私、戦うよ。私の力がみんなのことを助けるための役に立つのなら……船に、乗る」

「ありがとうございます!」

 兵士は歓喜して、アメルの手を取った。

 固い握手を交わして、彼は彼女に一緒に来るように促した。

「では、私と一緒に来て下さい! 我が軍の飛空艇に御案内します!」

「……行ってくるね、ラガンさん」

 二人は駆け足でギルドの外に出ていった。

 ラガンはその後ろ姿を、可愛い子供を旅に送り出す父親のような眼差しで見つめていた。


 いつまで経っても胸に衝撃が来ない。それを不思議に思ったレオンが目を開ける。

 彼の視界が捉えたのは、エヴァの前に立ち塞がる真紅の姿。

 ナターシャが、手にした大剣でエヴァの剣を打ち払っている姿だった。

「……レオンはやらせないよ。どうしてもって言うならあたしを倒してからにするんだね!」

「おのれ、後一歩というところで邪魔するか、女風情が!」

 歓喜の瞬間を邪魔されたエヴァが怒りの声を上げる。

 剣を縦に振るう。ナターシャはそれを片腕で軽々といなした。

「女風情と甘く見るんじゃないよ! こちとら日夜竜を相手に戦ってきた冒険者なんだ!」

 剣を払った体勢をそのままに、手首に捻りを加えて真横に大剣を一閃する!

 宙を舞う剣。それは弧を描きながら遠くに飛んでいき、澄んだ音を響かせて地面に落ちる。

 空手になった自らの手を、信じられないものを見るような目で見つめるエヴァ。

 その鼻先に大剣の先端を突きつけて、ナターシャは彼を睨んだ。

「……勝負ありだ。さっさとビブリードに逃げ帰りな、兵士風情が!」

 先の言葉を真似て返してやる。

 エヴァは悔しそうに呻いた。

「うぬぬぬぬ、貴様さえ来なければ勇者にとどめを刺せていたものを……」

 武器がなくなっては何もできない。彼は数歩後退りすると、脇目も振らずにその場を駆け出した。

 その後を、慌ててローランが追いかけていく。

 脅威が去ったのを見届けて、ナターシャは大剣を背中の鞘に収めた。

 倒れたレオンの傍らに跪き、彼を静かに抱き起こす。

「……派手にやられちまったね。ちょっと待ってな」

 腰のポーチからハイポーションの瓶を取り出して、蓋を開け、レオンの口元に瓶の口を近付ける。

 レオンは弱々しくも瓶に口を付け、懸命に中の薬を飲み込んだ。

「……すまない……」

「これで分かったろ。あんたはもう、戦える体じゃないんだ……それを無理して、戦おうとして、死ぬなんて馬鹿げたことはしないでおくれ」

 ナターシャの説教を、レオンは歯痒そうな表情をしながら聞いていた。

 彼が飲み込んだハイポーションは、彼の傷を癒し、僅かながらに彼に会話をする気力を与えた。

 彼はぼんやりと空を見上げて、言った。

「これで、終わりじゃない……街にはまだ、戦闘兵器が残ってる……それらを、何とかしないと」

「馬鹿をお言いでないよ。あんたのその体で何ができるって言うんだい」

 ナターシャは溜め息をついた。

 空になった瓶を置いて、レオンの体を抱き上げて立ち上がり、冒険者ギルドへと運んでいく。

「戦車くらい、あたしら冒険者だけでも何とかなるよ。あんたは此処で、子供たちの傍にいてやることだね。子供たちの心の支えになってやることも……大切な、勇者としての役目だよ」

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