第64話 黒き翼、飛翔せり
部屋で寛いでいたリヴニルは、部屋に入ってきた甲冑の男の報告を聞いて溜め息をついた。
「そうか……」
手にしていたワイングラスをテーブルの上に置き、静かに席を立つ。
甲冑の男に持ち場に戻るように告げると、甲冑の男は深く頭を下げて部屋を出て行った。
窓の外を見るリヴニル。
よく晴れた空と、地平線まで続く渓谷が見える。それらを一瞥し、彼は呟いた。
「これも天命か……仕方ないね。全ては我が軍の勝利のためだ」
彼は部屋を出た。
長い廊下を進み、階段を下りて、ある扉の前までやって来る。
懐から取り出した鍵で扉の鍵を開け、中へと入る。
そこは、縦に長い支柱のような水槽が何本も並んだ奇妙な部屋だった。
水槽の中は緑色の液体で満たされ、手足を抱えた人間のようなものが浮かんでいる。
水槽の脇には小さな装置が付いており、灯した光を点滅させている。
水槽の一本に近付き、リヴニルは愛おしそうにそれに触れた。
「サエル。お前の力に頼る日が来るとはね」
水槽の中に浮かんでいるものに目を向ける。
「お前は、意識の大部分を能力の制御に向けさせたために私の言うことも理解できず、本能のままに暴れるばかりだった……本来だったらきちんと調整してから使いたかったところだけど、背に腹は代えられない」
水槽の横の装置に手を伸ばし、それを操作するリヴニル。
ピ、ピ、と小さな音と共に装置が作動し、それに伴って水槽の方に変化が起きた。
中を満たしていた緑色の液体が、潮が引くようになくなっていく。
「今こそ、働いてもらうよ。そして……必ずや、我が軍に勝利を」
液体が完全になくなった水槽の中で、手足を抱えていたそれがゆっくりと全身を伸ばす。
銀糸のような長い銀の髪が、ぽつぽつと液体を滴らせながら白い体に張り付く。
成熟途中の体を恥らうこともなく晒しながら、それは自らの足で立った。
静かに両の目を開けて、目の前にいるリヴニルの顔を見つめる。
そして──薄く、笑みを浮かべたのだった。
長らく停まっていた飛空艇が、久しくエンジンを起動させる。
プロペラを回して、轟音を纏いながら広大な空へと飛び立った。
向かう先は、西。彼らにとっての敵がいる、異郷の地だ。
「総員、戦闘配備! 我々はこれより、アガヴェラへの進軍を開始する!」
ビブリード帝国の進軍が始まった。
それは、アガヴェラ国軍が再び空に飛び立つ数日前の出来事であった。
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