第63話 国軍の期待と勇者の嘆き

「邪魔するよ」

 昼下がり。料理屋で食事を終えて戻ってきたレオンが建物の中で体を休めていると、白い甲冑を纏った男が冒険者ギルドにやって来た。

 背後には、いつものように鎧姿の部下を二人連れている。

 アガヴェラ国軍の兵士長である。

 彼らを見たレオンの表情が厳しくなった。

「……何度いらしても僕からの返事は変わりませんよ。わざわざ御足労頂いて申し訳ないですが」

「そう申されてもね。我々も、諦めるわけにはいかないんだよ。君には申し訳ないと思うが」

 兵士長はレオンの姿を見て、怪訝そうに小首を傾げた。

「それはまた、随分と変わった乗り物だな」

「体調が優れないので、このまま失礼させてもらいますよ」

 レオンの後ろにいたアメルが、車椅子を押す。

 兵士長の前まで移動すると、そこでようやくアメルの存在に気付いたのか、兵士長がおおと感嘆の声を発した。

「貴君がアメル殿か! 貴君の噂は伺っているよ」

「……?」

 アメルが目を瞬かせて兵士長を見る。

「魔法の力を身に宿し、先日もその力でビブリードの戦闘兵器を一網打尽にしたそうではないか」

 国軍の兵士は街の復興や治安維持のために頻繁に街を出入りしている。先日の機動装甲のことは、その時に知ったのだろう。

 兵士長は書簡を取り出しながら、言った。

「我々は是非とも貴君のその力を借りたいと思っていてね。どうだろうか、国に平和を齎すために、我々に協力して頂けないだろうか」

「国の平和……」

「アメル。これは戦争の話だ」

 兵士長から書簡を受け取るアメルに、レオンは厳しい顔をして言った。

「彼らは君に国同士の戦争に参加してほしいと言ってるんだ。まだ冒険者にもなっていない君が聞くような話じゃない」

「レオン殿は口を出さないで頂けるかね。我々はアメル殿に話を伺っているのだよ」

 レオンの言葉を遮る兵士長。

 アメルは書簡を広げて内容を一読した。

 飛空艇団の次の出発の時にアメルを同行させること。ビブリード帝国の飛空艇をアメルの力で迎撃させること。そのような内容のことが書簡には記されている。

 国軍は、アメルを対飛空艇用の破壊兵器として連れて行くつもりなのだ。

 しかし、アメルには文章に秘められている国軍の意図は察することができなかったようだ。彼女は自分の体に視線を落とすと、小さな声で困ったように言った。

「……私、船を壊すなんて、そんなことできない……」

「君なら必ずできる。君は自分の力のことを過小評価しすぎているだけだ」

 兵士長はアメルを諭した。

 彼の後ろに立っていた兵士が、それに続ける。

「貴女の力は必ず我々を救って下さると信じています。どうか、我々と一緒に来て下さい」

「……レオン」

 アメルはレオンの顔を見た。

 レオンは苦言を吐いた。

「国民を守るべき国軍が、利のために国民を戦に駆り出すとは……いつから国軍はそんなに偉い立場になったんですか」

「今や冒険者が国のために尽力してくれる時代だ。力のある者が力なき者を守るために戦うのは当然のことだとは思わないのかね」

 兵士長はレオンに目を向けて、言った。

「レオン殿。貴君がアメル殿の代わりに戦に参加してくれると言うのなら、我々はいつでもそれを歓迎するよ。伝説の英雄の鼓舞は兵たちの士気を何倍にも高めてくれる……それだけでも、貴君が飛空艇団に加わってくれる価値はあるからね」

「…………」

 レオンは沈黙した。

 兵士長はアメルから書簡を受け取って、一歩身を退いた。

「飛空艇団が次に飛び立つまではまだ日数がある。それまでに良い返事を聞かせてくれたまえ」

 部下たちを引き連れて、彼は建物を出ていった。

 アメルは俯いた。

「……私があの人たちのところに行ったら、みんなは喜んでくれるの?」

「彼らの言うことは気にしなくていいよ。アメル」

 レオンは厳しい表情を崩さぬまま、アメルの言葉に異を唱えた。

「戦争なんて、人間同士の愚かな殺し合いだ。そんなものに関わって手を血で汚す必要なんかない。……僕は、君のそんな姿を見るのは悲しい」

 ふう……と溜め息をつく。

「人は、人と戦争をするために生きているんじゃないんだ。どうして、平穏に生きようとしている者を巻き込みたがるんだろうね……意味が分からないよ」

 レオンの悲しげな呟きは、表通りの雑踏に飲み込まれて消えていった。

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