第62話 人を運ぶ椅子
いつものように二人が冒険者ギルドに赴くと。
普段は目にすることのない、変わったものが二人を出迎えた。
「……何、これ?」
アメルは興味津々とそれに近付いた。
それは、一見すると車輪の付いた椅子だった。鉄でできており、人が座る場所には布が敷かれている、そういう代物である。
「やあ、レオン。来たね」
椅子を観察していると、裏口の扉が開いてナターシャがやって来た。
彼女はまっすぐ椅子に歩み寄ってくると、椅子の後ろに付いている持ち手を持って椅子をころころと押した。
「これはあんたのために鍛冶屋で作ってもらったんだ。車椅子って言うんだよ」
「車椅子……」
レオンは上がっている息を整えながら、椅子に注目した。
ナターシャはレオンの様子をじっと見た。
「あんた、ちょっと歩くだけでその有様だろう? 体の負担にならないように、座ったまま移動できる方法がないかって考えたんだよ」
椅子の背凭れをぽんぽんと叩いて、レオンに此処に座るように言う。
レオンは言われた通りに、車椅子にゆっくりと腰を下ろした。
彼を乗せた車椅子を押して、彼女はうんと頷いた。
「うん、いい具合だね。こうして移動する時は誰かに押してもらうんだ。そうすれば、移動する時にあんたの体に負担はかからないだろう?」
ああ、荷車に荷物を積んで運ぶようなものなのか、とレオンは思った。
確かにこれならば、歩いただけで息を切らして周囲に心配をかけることはないだろう。
しかし……
「……僕はそんなに軽くはないよ。押してもらうっていっても、その人の負担になるんじゃないか?」
「あんたはそんなことを心配する必要はないよ」
ナターシャは肩を竦めた。
「皆、あんたに少しでも長生きしてほしいって思ってるんだから……ちょっとは周囲の人を頼って、甘えることを覚えな。これくらい、負担でも何でもないさ」
彼女はアメルに目を向けて、言った。
「アメル。家から此処に来る時は、あんたがこれを押しておやり」
「うん……やってみていい?」
「いいよ」
アメルはナターシャの代わりに車椅子の後ろに立ち、持ち手をしっかりと持って腕に力を込めた。
車椅子がゆっくりと動き出す。
一メートルほどの距離を押して、彼女はナターシャの方に振り向いた。
「これだったら、私にも押せる」
「そうかい。それじゃあ、家にいる時はあんたに頼んだからね」
「……何だか、偉い人にでもなった気分だよ」
頬を掻いてレオンが苦笑する。
そうかもね、と言ってナターシャは笑った。
「偉い人らしく、あんたはこれに座って大人しくしてな。……それじゃ、訓練場に行こうかね。子供たちが待ってるよ」
アメルから車椅子を受け取って裏口に向かって押していくナターシャ。
アメルはそれを見送りながら、新たに請け負った大事な仕事をしっかりとやり遂げようと心に思ったのだった。
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