第3話 彗星調査依頼
冒険者ギルドは、朝の日の出と共に営業を開始する。
指導教官であるレオンも、それに合わせて自宅から出勤する。
冒険者ギルドに訪れて、ギルドカウンターの周囲を片付けて、これから大勢訪れるであろう冒険者たちを笑顔で迎えられるよう準備をするのが彼の毎日の日課になっていた。
カウンターの上を濡れた雑巾で拭くレオンに、ギルドマスターであるラガンが声を掛ける。
ラガンは冒険者ギルドに勤める前は腕の良い冒険者だった人物で、四十を越えた今でも逞しさが体に残った大きな男だ。
「レオン、毎日精が出るな。若いお前が元気だと、見ている俺たちも元気を貰った気分になるよ」
「そう言ってもらえるなんて光栄ですよ」
レオンは雑巾を足下の木の桶に入れて、笑った。
こうしてギルドの仲間と何気ない世間話をするのも、彼の日課のひとつなのだ。
「現役を引退した僕でもまだまだ役立つことがあるのは嬉しいです」
「お前、まだ現役をやめる必要はなかったんじゃないか? ちょっと前まで全世界の冒険者の先頭に立つ勇者だったのに、勿体無い話だ」
レオンの全身を見つめてラガンは腰に手を当てる。
──レオンは、指導教官として冒険者ギルドに勤める前は人から『勇者』と呼ばれるほどの凄腕の冒険者だった。
かつて。世界中の国々が領土争いのための戦争を起こす前、世界には共通の敵が存在していた。
それは、魔族と呼ばれる種族だ。異界から大量の魔物を率いてこの世界を侵略しようと企てた存在である。
世界中の国々は一致団結して軍隊や冒険者で構成された一団を魔族の討伐に向かわせ、世界は激しい戦火に包まれた。
その時に、数多の人々の先頭に立って戦ったのが、此処にいるレオンなのだ。
レオンは多くの仲間たちと共に魔族と戦い、遂に、魔族たちを異界に封じ込めるという偉業を成し遂げた。
その日以来、彼は人から『英雄』と呼ばれる存在になった。今から二年前の話である。
しかし彼は、その日を境に突如として冒険者をやめてしまった。
生まれ故郷である此処リンドルに帰り、新米冒険者の指導教官として冒険者ギルドで働く生活を送るようになったのである。
これには、彼を知る人々は首を傾げるばかりだった。何故、まだ若くて力もあるのに冒険者を引退してしまったのだろう、と。
「もう二年前の話じゃないですか。二年も経てば体も衰えますし、扱いきれなくなる戦技だって出てくるものですよ」
レオンは苦笑して、桶を持ちギルドカウンターから出た。
「僕は、此処で街や若い子たちの未来のために働きたいんです。何も冒険者でいることだけが人生じゃないですよ」
「……まあ、お前がそう考えてるのならそれを諌めるつもりは俺たちにはないけどな」
ラガンは肩を竦めて、レオンと入れ替わるようにギルドカウンターの中に入った。
棚の下に置いてある金庫から一抱えほどある大きさの麻袋を取り出し、カウンターに置く。
「その考えに水を差すようで悪いんだが、お前にひとつ頼みたいことがある。いいか?」
「何ですか?」
小首を傾げるレオンに、ラガンはカウンターの下から一通の封書を取り出しながら、話を切り出した。
「昨日、彗星が落ちてきたのは知ってるか?」
「ええ。実際に見ましたから」
封書を開いて中から綺麗に畳まれた羊皮紙を取り出し、広げる。
その羊皮紙には、細かい字でびっしりと何かが記され、文章の下部には四角い形の印が押されていた。
それをレオンへと差し出しながら、ラガンは続けた。
「彗星は街の隣にある森に落ちたらしい。目撃者が結構いてな、住人の間では結構な騒ぎになってるんだ」
羊皮紙を受け取り、文章に目を通すレオン。
「……これは、国からの書簡ですか?」
「今朝、直々に依頼があったんだ。落下地点に近いリンドルで現地を調査してくれってな」
確かに文章には、そのように記されている。
「お前の元勇者としての腕前を見込んで頼む。現地に行って、彗星がどうなっているかを調べてきてほしいんだ」
「…………」
ラガンの真面目な言葉に、レオンは微妙に困ったような表情をして頬を掻いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます