辺境の街の指導教官

第2話 辺境の街の指導教官

 アガヴェラ国、リンドルの街。

 多くの冒険者や国の兵士が出入りするこの街の冒険者ギルドには、他の街の冒険者ギルドでは見ない珍しい人間が勤めていた。

「レオンさん、新しい鎧を買ったんですけど、どうですか?」

「どれどれ」

 真新しい革鎧を身に着けてポーズを取る少年の前で、レオンと呼ばれた青年は顎に手を当てて少年の全身を見つめていた。

 金髪に、光の加減で淡い紫色にも見える灰色の瞳。一般的な冒険者が好んで着る黒い旅装束を纏った穏やかそうな面持ちの男である。

 彼は、レオン・ティルカート。この冒険者ギルドに訪れる新米冒険者たちを教育している指導教官だ。

「……ちょっと大きくないかい? 鎧と体の間に隙間があるように見えるよ」

「丁度いいサイズの鎧が売ってなくて……体はこれから大きくなるから、ちょっとくらいぶかぶかでもいいかなって」

 後頭部を掻いて笑う少年に、レオンは小さな溜め息をつきながら言った。

「武具はその時その時に合ったものを選んでこまめに交換するのが鉄則だ。大きすぎる防具は体の動きを阻害してしまう。これじゃあ、いざという時に逆に危険だぞ」

 指導教官の仕事は、その名の通り冒険者を目指す若者たちに基礎的な体の動かし方や武器の扱い方、世界中に生息する魔物に関する知識などを教えることだ。

 レオンはこれまでに、何百人という新米冒険者たちを鍛えて、一人前の冒険者として世に送り出してきた。

 彼は凄腕の教官なのだ。

 だから、若者たちは誰もが彼の言葉を素直に聞く。

「鎧は無理して身に着けなくてもいい。その分相手からの攻撃を受けないための身のこなしを身に付ければいいんだ」

「……分かりました。レオンさん」

 少年はちょっと残念そうに自分の鎧を見つめた。

「これ、店に行って返してきます。その分レオンさんからの教えをしっかり聞いて、頑張って一人前の身のこなしを身に付けます!」

「そうか。外はもう暗いから気を付けて行くんだよ」

 建物の外に出ていく少年の背中を見送って、レオンは何気なく空に目を向けた。

 ちらほらと星が瞬く空の藍色に、真円を描いた月が浮かんでいる。

 そしてそのすぐ横に黄金色に煌めく光の帯を見つけて、目を瞬かせた。

「あれは……彗星?」

 レオンは表に出て彗星を目で追った。

 彗星は徐々に近付きながら落ちていき、最後には建物の陰に隠れて見えなくなった。

「結構近かったな。それにしては地震が起きないのが気になるけど……」

 しかし、その場を駆け出すほどの興味は湧かなかったようだ。レオンは小首を傾げると、冒険者ギルドの中に戻っていった。


 彗星は美しい尾を引きながら、リンドルの街の隣に広がっている森の中心へと落ちた。

 天使が舞い降りるような光の残滓を残して、煌めきは夜の闇の中に消えた。

 それが後に世を動かす巨大な歯車になることを、世の人々はまだ知らない。

 戦乱の中にあるアガヴェラの地の街は、ひと時の平穏の有難さを噛み締めながら、終わろうとする今日という時をいつものように迎えようとしていた。

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