衰弱勇者と災禍の剣
高柳神羅
戦争時代と破壊兵器少女
第1話 プロローグ
穏やかな星の海が広がる夜の空。
柔らかな光と静寂に満ちたその世界を、一隻の飛空艇が飛んでいる。
帆船に帆を付ける代わりにプロペラを誂えたような出で立ちのその船は、数多の兵士を乗せ、南の空を目指して進んでいた。
「航海は」
船内の奥に存在する一室。テーブルの上に広げられた地図に視線を落としながら、彼は背後に立つ重厚な甲冑姿の男たちに尋ねた。
金髪に、青い瞳。モノクルを掛け、赤を基調とした立派な礼服に身を包んだ美丈夫だ。年の頃は二十代半ばか、三十代を過ぎて少し経つ頃か……そんな男である。
甲冑姿の男の一人が、頭を下げながら彼の問いに答えた。
「順調です。このまま行けば、後三十分ほどでアガヴェラ領に入ります」
「そうか」
男は満足そうに頷くと、傍らに座っている少女に目を向けた。
腰まで届く銀の髪を青いリボンで結ったその少女は、男の視線の存在にもまるで興味を示していない様子で、まっすぐに背筋を伸ばしてそこにいた。表情は固く、何を考えているのかはその顔からは読み取れない。
「お前も、そろそろ心構えをしておきなさい。着いたら大いに働いてもらうから」
少女に声を掛け、男は甲冑の男たちの方に向き直った。
「長年続いたアガヴェラとの戦争が、我らの勝利を持ってようやく終わる……分裂していた国々がひとつになる時が訪れたのだ」
「神の落とし子……国ひとつを容易に滅ぼす力を持った神の子、か。こんな小さな娘にそんな力があるとは、にわかには信じられませんな」
甲冑姿の男が少女を値踏みするように見つめる。
少女は相変わらず前を向いたまま、黙している。その目が僅かでも男たちの方に向けられることは、ない。
礼服の男は笑った。
「現にこの子は百人規模の親衛騎団をものの一分で壊滅させ、海岸を一瞬で入り江に変えた。それだけの力があるんだ。姿なんて関係ないよ」
少女の頭に手を触れて、髪を優しく撫でる。
「この子には我々の命令にのみ従うように暗示を掛けてある。恐怖で怯むことも相手の甘言に惑わされることもない。必ず、我らを勝利へと導いてくれるだろう」
その場にいる誰もが、この戦の勝利を確信した。
その時だった。
「リヴニル様! 前方から飛空艇が近付いてきます! 船体に青の糸車の紋を確認──アガヴェラの船です!」
部屋に駆け込んできた兵士の声に、礼服の男──リヴニルの表情が引き締まった。
彼は一同の顔を見回すと、右手を前に掲げて、言った。
「総員、戦闘準備! 迎え撃て!」
「はっ!」
号令を受けた甲冑姿の男たちが駆け足で部屋から出て行く。
リヴニルは少女の傍に行くと、彼女の手を引き、立ち上がらせた。
「お前も来なさい」
少女は表情ひとつ変えず、リヴニルに手を引かれて部屋の外へと出た。
細い通路を歩き、階段を上がって、甲板へと出る。
ごう、と強い風が二人に吹きつけ、その体を攫おうとする。
その風にも臆することなく、二人は甲板の前方へと向かった。
すぐ目の前を、巨大な飛空艇が飛んでいる。船体側面に幾つもの大砲を備えた武装船だ。
兵士が言っていた通り、船体に青い糸車を模した紋章が描かれている。
「あの船が見えるね? お前の力で、あの船を撃ち落とすんだ」
飛空艇を指差し、少女に命令するリヴニル。
少女は頷きもせず甲板すれすれの位置に歩み出て、両手を飛空艇に向けて翳した。
それと同時だった。飛空艇が迫ってきたのは。
事もあろうに、飛空艇は体当たりを仕掛けてきたのである。
巨体がぶつかり、船体が激しく揺れる。
甲板すれすれに立っていた少女は全身のバランスを崩し、そのまま手摺りを乗り越えて、甲板の外へと転落した。
「……しまった、カイ!」
リヴニルは慌てて甲板から身を乗り出し、船の下を見る。
雲が流れる広大な空。少女の体は遥か遠くに見える地上に吸い込まれるようにして落ちていき、彼の目の前から姿を消した。
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