第1話

ep1

装備のジェネレーターを起動すると、カメラ越しの映像が視界一面に広がり、各種データが展開される。

強化外骨格の調子は良好だった。ライフルとの同期もいつも通りに完了し、全てのシステムが異常なく起動したことを確認した。毎度のことだが、機械の為に弱者となった人間が、その対抗手段に機械を使わないと勝てないというのが皮肉じみている。

まぁ、人工知能は搭載されていないから、暴走することはないのだけど。


《こちらズール1。各員、異常の有無を知らせ》


外骨格に入ると、基本的に通話は無線で行う。よっぽどの特殊な状況でも無ければ、スピーカーを利用したコミュニケーションは取らない。


《こちらズール2、異常なし》

《こちらズール3、異常なし》


「こちら、ズール4。異常なし」


《了解した。各員、作戦に変更はない。都市警備システムの破壊を行う》



自分たちの故郷である、下水道の管理施設跡。永らくここから出たことはなかったが、今日初めてここを離れる。外骨格を身にまとった戦闘要員が、外部に出撃するための目的は、主に3つ。


1つ目は、食料調達。1番大事で欠かせないのがこれだ。僕たちの生活において、食事については残された備蓄や生きている自動生産工場に依存している。どの都市にも必ず備わっている自動生産工場を調査して、制圧した後に、拠点ごとそこに移住する。だから、住む場所は次々に変わる。

まあ、倉庫やシェルターなんかが見つかれば、そういった場所にも移住したりする。

2つ目は、迎撃戦闘。

都市防衛システムに感知されてしまうと、すぐさま警備システムの追跡攻撃を受けることになる。

その際に拠点を守る為に迎撃に打って出ることがある。

3つ目。システムの破壊。

長く同じ地に拠点を置いて生活していると、時間に差はあっても必ず警備システムに生活区域を割り出されて見つかってしまう。だから、そうなる前に移動してやり過ごすのが定石なのだが、調査の結果、付近に食料が一切存在しないことが分かると話は別だ。

移動したとしても、最早そこ以外に食料を得られる場所がない。付近の食料を長い年月の間に全て食いつぶしてしまった部族にありがちなことだ。


僕たちの部族も、下水に残されている災害時用の自動生産装置を除けば、付近の食料は全ての消費してしまった。

故に、もう警備システムを破壊して時間稼ぎをしなければ、遠くの地へと移住することも、引き続きその場に残り続けることも叶わずにシステムに殺されるしかないのだ。今回は幸いにして、遠方に自動生産工場があると確認されているので、警備システムの足止めさえ成功すれば、部族は生き残ることが出来る。

だが、システムに対抗できる強化外骨格装備の数はあまりに少ない。部族の防衛に残してきた人員を差し引くと、僅かに一個分隊しか派遣できない。

まぁ、なんとかするしか無いのだ。

廃墟や、全滅した他の部族から回収してかき集めた分しか存在しないから、絶対数はやはり足りない。自分たちで新しく生産することもできないから、じりじりとシステムに追い詰められているということを実感せざるを得ない。


機械に頼らないと、マッチ一本作ることもできないほど、腑抜けていた嘗ての人類は無能だったらしい。

そのツケをこうして、子孫である僕たちが払わされているわけだ。つくづく、無知とは罪という言葉が身に染みてくる。


下水道内に、重い足音が響く。

ジェネレーターによって生産されたエネルギーは各関節の補助モーターに大部分が供給される。装備している者の動作に応じて、各部モーターが補助を行う為、かなり重い本体重量を気にせずに行動することが出来る。

下水道の中は、地表の街の様々な場所につながる経路として有効に使えるし、警備システムの手もほとんど介入してこないから脅威も少ない。

よって、警備システム付近の廃ビルまでは下水を通って進入する。


《ズール3。カメラユニットを使え》


《了解です》


分隊の足が止まる。

頭上には簡素な梯子と、整備用の開閉ハッチが見える。ズール3はバックパックに装着されている、偵察用チューブカメラを外し、梯子を軽快に登っていく。そして、右手の入力端子にチューブカメラのコードを差し込み、ハッチを僅かに開けた状態で外へとカメラを送り出していく。


《視界共有、オンラインです》


待機している、ズール3以外の視界にも、チューブカメラの映像が小さなウィンドウでリアルタイムで流れる。

崩れているビルの中だが、その分誰の気配もなさそうだ。ぐるっと1階部分をカメラが見渡したが何も異常はない。


《オールクリア》


《分かった。……前進》


ズール1の一言で、ズール3から順に全員がハッチを通る。地表に出た4人は各々アサルトライフルを構えて付近を警戒する。すると、ズール1からマップデータが送られてきて、現在地と目標の所在地が、それぞれ緑と赤のマーカーで表示される。


《よし。警備システムの区域統率機を破壊しにいくぞ》


警備システムには、都市を分割した区域ごとに、指令を飛ばす統率機。すなわち、隊長機が存在する。その統率機を破壊することが出来れば、区域で活動しているシステムはダウンし、一時休止状態に陥るのだ。が、補給の新しい統率機が来てしまえば再起動してしまうので、時間稼ぎにしかならないのだが。今は、移住の時間さえ確保できれば十分だ。

部族の命運を任されていると思うと、アサルトライフルを握る手にも自然と力が入った。同時に、今までは肌で感じなかった、殺されるかもしれないという恐怖がちらつく。


(ダメだ。もっとしっかりしないと)


《おい。ズール4、行くぞ》


「は、はい」


《ったく。気をつけろ。いつ襲撃されるかわからないんだからな》


「……すいません」


廃ビルの窓から大通りの方へと抜け、すぐさまビルとビルの間にできた小路地に入り込む。

大通りはシステムの警備が厳重で、戦力の多くがそこを拠点にしている為、常駐しているシステムの数も多い。

目標となる統率機は大通りの中央部分にいるらしいので、このまま小路地沿いに前進していき、目標と最も近い建物の中に入り、そこから一撃で仕留めるというのが作戦だった。


視界の端に表示されているマップを見る限り、順調だ。段々と目標にまで接近できている。建物の影に覆われて薄暗い小路地は、少々不気味ではあったものの、灰色の外骨格が目立たないので良いかとも思う。


システムの巡回もないから、対象に近いビルの裏口にまで、すぐに到着した。ここからが正念場だ。

歯がカチカチと音を立てて震える。


《ズール2。目標ビルにエントリー》


《ビル内はクリアか》


《はい》


《よし。正面の警備システムを仕留めるぞ。配置につけ》


音を極力立てないようにビルに侵入していき、確実に当てれるように全員が準備に着く。もしものことを考えて、ズール1と3はビルを登り、高所から対応できるように屋上へ配置に着く。

僕とズール2はこの場所で、70メートルほど離れた統率機をアサルトライフルのスコープに捉えていた。


初めて。システムを間近で見た。生物のような動き方をするそいつは、腕の長い猿のような形状を取っていた。

手には鋭い三本の爪が生え、真っ白な装甲は、陶磁器を彷彿とさせたが、頭部のセンサーから放たれる赤い光は、冷たい殺意を帯びていた。

多分、中央にいるそいつが統率機だ。

周りに5〜6機いる奴らはセンサーの色が青色だ。


《あいつが"アレスタ"。1番多いシステムの機体だよ。間近で見るのは初めて?》


ズール2から通信が入る。


「……はい。実は初めて見ます」


《怖い?》


思わず、息を飲み込む。

機械と言われて想像していたのは、普段はじっと固まったように動かなくて、指令を受けてから瞬時に動作するような代物だった。しかし、それは強化外骨格やライフルの様な、単純な機械の話だ。奴らは、違った。

まるで"生きている"かのように、ゆらゆらと常に動き、周りを見渡すような動作や、センサーが明滅したりと。意識を持たないはずの機械が、生命ある者のように振る舞うことが、こんなにも薄気味悪いとは思わなかった。


「確かに、怖いです」


呼吸が浅くなる。

瞬きしている間にも飛びかかってきそうで、目が離せない。


《そうだね、私も怖いよ。でも、奴らはあの世のものじゃないから。絶対、殺せる》


確かにそうだ。

奴らは不死身じゃない。殺ろうと思えば殺れる。それだけの力は、今の僕だって手に持っている。心臓の音は未だに煩いままだったが、気分は少し落ち着いた。


「ありがとう。気が楽になったよ」


《帰ったら何か奢ってよ》


「分かりましたよ」


《おい、お喋りも結構だが。こちらも準備完了した。作戦を開始するぞ》


遂にだ。遂に。

赤目のアレスタの頭部パーツをレティクルの中央部に照準し、引き金に指をかける。隣では、ズール2も同じように狙いをつけていた。


《3……2……》


ズール1のカウントダウンが始まり、作戦が開始されようとしていた。全身の血が騒ぐように流れ、体が震える。


《1……ファイア!!》


今だ!

引き金を引き、アサルトライフルから弾丸が赤目のアレスタを食い千切ろうと発射されていく。


(ーーやったか?)


一瞬そう期待を抱くほど、作戦どうりにことが進んでいた。だが、目の前で僕は見てしまった。


《ッッあいつ!気がついてる!!》


引き金を引いた瞬間、嘲笑うように赤目のアレスタがこちらを見たのを。そして、すぐさま射線から退き、90度反転して突っ込んでくる。


「駄目だ!援護してください!」


《今やってる!》


屋上に陣取っていたズール1・3からの援護射撃が、命中はしなかったものの、アレスタ達の侵攻を止めた。だが、喜んでいられるのもつかの間、これでズール1・3も奴らに認知されてしまった。

赤目のアレスタと、他の二機が屋上へ向けて猛スピードで迫っていく。当然、奴らに飛行するための手段はないから、腕部の爪を無理矢理壁に突き刺して抜いてを繰り返して、不気味に登っていく。


《畜生っ!ズール2と4は撤退しろ!此方で引きつける!》


《でも隊長達が!》


《いいから早く行けっ!》


屋上からの射撃の方が脅威と感じたのか、残りのアレスタも殆どが赤目に続いて上へと登っていく。


《ズール4!早く!!》


撃つのをやめて、指示されたどうりに撤退する。入ってきた裏口を駆け抜けて、小路地を急ぐ。

裏口から出る瞬間、アレスタが三機ばかり大破した状態で落ちてきたのが見えた。ーー僕は昔も今も、守られてばかりだ。悔しさと惨めさに、そして何より自分の弱さに吐き気がした。


必死に小路地を走る。この突き当たりを左に曲がれば、大通り。そしたらすぐに来た道を逆順に辿って行けば、安全な場所に出られる。


ズール2が曲がり、路地を抜ける。

瞬間、何かが視界を横切り、鈍い音とともにズール2が吹き飛んだ。


《ッッッ!!》


「あぁクソが!!」


アレスタの一機が、小路地から出た直後のズール2に、真横から飛びついて来たのだ。撤退に気を取られすぎて周辺警戒が疎かになっていた。

すぐさま走り、ズール2が突き飛ばされた方向にアサルトライフルを構える。


《痛っっ、離せっ!》


アレスタがズール2に馬乗りになり、今にも爪を振り下ろさんとしている。脱出しようにも、外骨格の出力ではアレスタを引きはがせない。


『お前が勇気を出す時が必ずくる』


昔言われた言葉を思い出す。

強かった父は、部族の中で1番腕利きだったらしい。幼い頃に、僕が戦うことは怖いかと質問した時に、確かこう言われたのだった。

ーー


『父さんは戦うの怖くないの?』


『怖いさ』


『でも、父さんは強いんでしょ?みんなそう言ってる』


『強いから、怖くないわけじゃないさ。ただ、やるしかない時には、自然と勇気が湧いてくるもんさ』


『そなの?』


『あぁ。だから、お前が勇気を出す時が必ず来る。……その時に、お前の力を誰かの為に使ってやれ』


ーー

父さんは、その日から数週間後の作戦で退却の殿を務めて戦死した。何人もの仲間の命を救い、他人のために戦い続けた父のように、僕も成れるだろうか。今が、誰かの為に力を使う時だ。


照準をアレスタにつける。

意を決して引き金を絞り、反動が外骨格越しに伝わって来る。跳ね上がろうとする銃口を力で押さえ込み、コントロールする。

時間にすれば、僅か5秒にも満たないような短さだった。だが僕には、何時間も経過したように感じられた。

アレスタの動きが、爪を振り上げた状態で凍ったように停止し、少しの間、無音がその場を覆う。

そして、糸が切れた人形のように、急にぷつりと倒れ込んで、それからは身じろぎ一つしなくなった。


《ぐっ……あぁ。助かったーー》


「良かった……生きてた……」


《ありがと。ズール3。私もう死んじゃったかと思ったよ》


「取り敢えず、この場から早く撤退しましょう」


《えぇ》


ズール2に手を貸して、起き上がるのを補助する。

彼女は地面に落としてしまったアサルトライフルを拾い、構え直す。ビルの屋上では、まだ戦闘が続いているのだろう。今からでも遅くはない。ズール2だけ逃して、僕が援護に行ってもまだ間に合う。そう考えて、実行するかどうか考えていると、すぐに通信が入った。


《お前ら、助けにこようなんて考えるなよ》


「っっ」


ズール1からだ。あんな絶望的な状況なのに、ひどく落ち着いた声音で。まるで、幼子にゆっくりと語りかけるようだった。


《どうせもう、生きて帰るなんざ無理だ。片腕持ってかれちまったからな。どのみち出血多量で助かるまいよ》


《隊長、やけに弱気じゃないすか》


《黙ってろズール3》


何故、そんなに淡々としているのか。

そんなに冷静でいられるのか。


「でも!」


《でもじゃねぇ。とっとと帰れ》


返す言葉が出ないほど、圧倒するような声で言われる。ただ、その言葉は厳しい教師のような、裏に優しさを持っていた。


《お前らはまだ生きろ。部族を捨てる事になったてしてもだ》


《そーだ。年長者の言うことは素直に聞いとけ二人とも》


外骨格からではない。素肌の感覚。

目尻が熱いと思ったら、涙が決壊した川のように流れて行った。僕はまだ無力なのだろう。力が足りない。力が欲しい。


《ほら、行け》


腕を強引に掴まれる感触がしたかと思えば、ズール2に手を引かれた。

僕は導かれるまま、廃ビルのハッチへと向かった。その時、振り向きざまにみた、あの屋上では、銃声とマズルフラッシュがちょうど止んでいた。

何故か涙が止まらなかった。


《あいつら、行ったっすかね》


《だろうな。逃げきれるといいが》


ライフルの弾薬は予備まで打ち尽くしたから、もう抵抗の手段はない。外骨格にもダメージが入りすぎて、もはや生存率は0に等しかった。


《悪いな、巻き込んでしまって》


《いいっすよ。別に》


二人はビルの隅へと追い詰められ、退路まで絶たれてしまう。

だが、二人は依然として飄々とした態度を崩さない。


《……じゃ、一矢報いますか》


《だな》


爪の一撃で割れてしまったディスプレイの視界に、赤い画面が新たに表示される。それと同時に、外部スピーカーから掠れた合成音声が鳴り響く。


【起爆シーケ…ス…作動。付近…いる人員は速…かに退避して……さい】


異様な空気を察知してか、先ほどまで勝者の優越に浸るかのように鈍かったアレスタ達の動きが、急に切羽詰まったものになる。何本もの爪が装甲を突き破って体に刺さってくるが、もう今更遅い。ズール1と3は薄ら笑いを浮かべながら、最後の瞬間を待った。



無我夢中で、しばらく走り続けた僕らは、息を切らして、戦線から距離をとった場所で小休止していた。

下水道に戻ると、ひとまずは安心することができた。視界に表示されているディスプレイの端には、分隊員の状況が表示されている。ズール1と3のバイタルサインを見ると、既に赤色の文字が表示されていた。


【DIED】


だめ……だったか。


胸に鉛でも流し込まれたような重苦しさが痞えるが、前に進む。早く、早くみんなに伝えないと。今度は部族にまで危機が及んでしまう。

二人の犠牲が無駄にならないように、一刻も早く動かなければ行けない。

そのとき、静寂を破ってズール2が口を開く。

《ねぇ。何か音がしない?》


「え?」


ズール2に言われて、少しだけ立ち止まって、辺りに耳を澄まして見る。

何だ?


コン コン コンコン


下水道内に反響して、篭った音になっているが、確かに上から音がする。

やけに嫌な予感がした。ぎこちない人形の動きのようで、無性に君が悪く思えたからだ。


「早く移動しよう」


《了解》


僕ら二人は走り出した。すると、上からしていた音は、追尾するかの如く後を追ってきた。不味いと反射的に頭に思い浮かぶ。これは、まぎれもない脅威だ。

連続して鳴り続けるそれは、もしや。

そう考えた瞬間ーー


【グォォォッッッ】


天井が穿かれて、奴らが侵入してくる。奴らは隊長達に受けたであろう傷を多かれ少なかれ持っていて、弱体化しているようだったが、この数に僕らだけで対応するのは不味い。


「こいつら、下水にまで!」


《早く!応戦!》


赤目のアレスタに付き従うようにして、数体のアレスタもこちらに向かって前進してくる。それを退けるためにアサルトライフルをフルオートで打ち続けるも、正面装甲を貫通するには至らず、弾かれてしまう。

ただ、足止めにはなっている。

遅滞戦術にしかならなくても、食い止めなければならない。ここから先に、こいつらを通してしまえば部族の仲間にまで被害が及ぶ。それだけは何としてでも阻止しなければ。だが、現実はそんなに上手いこと事態が進展するわけもない。


不意に、カチッと銃が鳴いた。

弾切れだ!直ぐに予備のマガジンを取り出してリロードしようとする。しかし、そんな隙を見逃してくれるほど奴らも馬鹿ではなかった。


「!」


とっさの判断で体を半身にしてずらす。先ほどまで自分が立っていた場所に、赤目のアレスタがいた。一撃死こそ免れたものの、肩には鋭い爪が突き刺さっており、強化外骨格の装甲を引き裂いて僕の生身にまで届いていた。


「ーーーーッ!」


鈍痛で頭が焼き切れそうになる。

だが、かろうじて生きている右腕でアレスタを殴りつけて引き剥がそうとする。が、当たる瞬間に爪を引き抜いて奴は打撃を回避したのだ。


引き抜かれた時に、爪についていた返しの部分が、再び肉を抉り、あまりの激痛に、もはや立っていられなかった。


《ちょっ、大丈夫!?》


「大丈夫では……ないかな」


血が止まらない。外骨格にも足元にもとめどなく血が滴り、それは流れを作り出していた。ズール2がカバーしながら駆け寄ってきてくれたが、もうアレスタに囲まれてしまった。

カチッ。

ついに、ズール2の弾薬も切れてしまったようだ。万事休す。もう孤立無援で助けも来ないし、これだけの数を相手どれるわけもなかった。


《ど、どうしよう》


にじり寄ってくるアレスタ。

こいつらには感情がないはずなのに、何故か勝ち誇る狩人のような挙動に見えてくるから不思議だ。とどめを刺さずに、獲物を甚振るのを楽しんでいるようだ。


「もう、自爆くらいしかできないかな」


《……マジで言ってる?》


「まじ」


もう、どうしようもなかった。

このまま、彼女と一緒に滅多刺しにされるのを待つくらいなら、少しだけでも抗って死にたかった。

まぁ、そこには苦しまずに死にたいという逃げ腰の感情もあったのだけど。


《……分かった。じゃあ、私の合図で一斉に起動ね》


「了解」


赤目のアレスタが接近。マップを横目で見たら、自分を中心に、敵性反応を示す赤い点が広がっていて、あまりの四面楚歌状態に笑ってしまう。


《3……2…》


警告のウィンドウとして、様々なポップがディスプレイに上がっいる。

【弾数:残弾無】

【出血:左肩裂傷】

【外骨格:ダメージ過多】

もう、ダメか。


《1……起ッ》


僕らが死を覚悟して、起爆シーケンスの作動を外骨格に伝達しようとした時に、その声はノイズ混じりの無線で届いた。


〈《そこの2人。伏せろ》〉


感情の全くこもっていない、若い男の透き通った低い声だった。


「なっ…!」


黒い、真っ黒な外骨格を身にまとったその人は、青く光る刀身の刀で、さっきまで圧倒的上位者だったアレスタを一閃した。

視界がずれたのかと思った。だが、それは間違いで、正確には切り捨てられたアレスタが真っ二つに、胴体と腰が泣き別れていたのだ。


《こいつ、新手!?》


「いや、敵じゃなさそうだ!」


瞬く間に、僕らの正面にいた通常タイプのアレスタ三機を屠った彼は、返す刃でもう一機を両断する。

残ったアレスタのうち、数体が新たな敵襲に対応するべく、距離を詰めて集団で突き刺すために跳躍した。その数、二機。背後からの強襲だ。

だから、彼からは死角になっていて見えないはずだ。


「危ない!」


だが彼は、背中にも目が付いているかの如く、バックステップを踏んで回避する。ターゲットを失ったアレスタの凶刃が、虚しく地面へと突き刺さる。

空いている左手を腰元のホルスターに伸ばし、ツヤのないハンドガンを瞬時に構える。

そして、流れるようにサイティング。

数発の発砲音が下水道内に鳴り響き、アレスタは正確に頭部を撃ち抜かれて完全に沈黙した。


残るは赤目のアレスタのみ。

最後の維持を見せつけんとばかりに、赤目のアレスタが直線を描くように彼に突撃する。通常タイプのアレスタよりも機動が圧倒的に早い。

さすがの彼も、弾丸のようなこの一撃には対応できないのではーーそう僕は思った。


〈《これで最後》〉


彼は短く零すと、刀の剣先を地面に接地させ、そこから高速で切り上げるようにして、即座に赤目のアレスタを斬りつけた。

薄暗い下水道の中を、青い刀が舞う姿は、演舞でも見ているような気分にさせた。血みどろの戦いというよりは、完成された美しい技術を見ているかのような。


【……ま…ダ。我々……に害なスか。出来損ナイが…】


赤目のアレスタが、たどたどしく不気味な合成音声のノイズで彼に話しかけた。それは、ぽつぽつと溢れる憎悪がこもっているようにも感じられた。


〈《黙ってろ》〉


彼はアレスタに留めの一撃を振り下ろした。短くショートするような火花を小さく垂らして、アレスタからセンサーの赤色が消えた。ゆっくりとした動作で刀を引き抜いた彼が、一体何者なのか。それしか考えられなかった。


〈《エクスシアという言葉を聞いたことがあるか?》〉


その言葉が、システムを恐れて逃げるしかなかった僕に、戦い続ける身をを指し示したということに、僕自身、振り返ってから気がついたのだった。



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