きっと俺たちも変わらない
久しぶりの学校。約1か月ぶりの学校だ。決して俺がサボっていたわけではない。高校3年生の3学期というのはやけに短い。3学期が始まったかと思えばセンター試験の最終追込みだし、センター試験さえ終わってしまえばあとは数日学校に行って家庭内学習に入る。そして、3月1日にある卒業式の前日、まさしく今日がそれ以来の登校となるのだ。ゆえに久しぶりの学校はやけに賑やかで浮ついていた。
まぁ、そうなるのも仕方ないよな。正直この俺ですらそうだ。今日併せてあと2日で学校に行かなくて済むとなると嬉しくてたまらん。
そんなふわふわと浮ついてたらあっという間に今日の日程は終了。もう下校の時間となっていた。しかし、下校の時間なのになぜか『帰宅部』は部室に集められていた。正直、
「
そう。今回の俺たちを集めたのは顧問の
「今日はどうしたのかしら」
「うん。萌百菜たちも明日で卒業でしょ。3年間帰宅部の顧問として三宅先生にはたくさんお世話になったから色紙と花束を渡したいなって」
「それ、いいと思う!」
パンッと両手を合わせて
「俺なんか3年間担任だったしな」
「そうね。私もいいと思うわ」
そう言うと陣内はちらと横目で俺を見た。
「まぁ、いいんじゃねーか。確かに世話にはなったし」
「そういうのは普通部長が提案するものだと思うのだけれど」
「俺は陰から支えるタイプなんだよ」
「
いつものように陣内は俺を罵倒してきた。でも、このやり取りが懐かしく、ふと笑ってしまった。それを陣内にも見られていたようだ。
「3年間であなた、マゾヒストに成長したの?」
「おい、俺を勝手にドM判定するな」
俺がドM判定されているのをよそに桧倉は何やら鞄をごそごそとしていた。
「色紙はもう用意してるからデザインは萌百菜と
「三宅先生っぽいってどんなんだよ」
「
「えぇ!? 僕が!?」
急に責任を任されて加西は両手をぶんぶん横に振っていた。
「大丈夫だよ。結優のセンスは信用できるし。あ、花束は明日の12時に学校の事務室に預けてもらうようにしてね」
「はいよ。んじゃ、行ってくるわ」
俺たち3人は桧倉のお遣いを達成すべく部室を出た。
***
俺たちは学校から1番近い花屋に向かった。その道中、加西は感慨深そうにこう言った。
「3年ってあっという間だったね」
「そうだなー」
新島も感じることがあったのか今までのことを思い返しているようだった。
「『帰宅部』って最初は変なのって思ってたけど、楽しかったよね」
「いや、変なのは今でも変わんないぞ」
俺はそこはちゃんと訂正しておいた。
「ま、『帰宅部』って名前はあれだけど、確かに楽しかったな」
な、っと新島は俺に顔を向けてきた。加西も俺の顔を見ている。
「まぁ、そうだな」
俺が一言そう言うと2人とも満足したのか話を続けた。
「パンフレットの表紙とか恥ずかしかったけど、帰宅部じゃなかったら経験できなかったもん」
「あれ、何年ぐらい使われるんだろーな」
「さすがにずっと使われるのは困るな……」
「その時はまた俺たちみたいに誰かがやらされるんだろうな」
「あれ? そういえば、僕たちが卒業したら『帰宅部』ってどうなるの?」
「え、どうなんだ? 燎太、知ってる?」
「俺も知らねーよ。そもそも正規の部活じゃないんだから無くなるんじゃないか」
「なんか、寂しいね」
加西はしょんぼりした表情を見せた。
「また俺たちみたいなのが出てきていつか復活するかもな」
「うん! そうかもね」
終始こんなことを話しながら俺たちは花屋にやって来た。さぁ、問題はどのような花束にするかだ。
「いっぱい種類あるね……」
「これはマジでセンス問われるな」
加西と新島は数ある花を見回っていた。
「もうこの赤いバラを年齢分あげてもいいんじゃね?」
「いや、それプロポーズだろ」
新島に冷静に突っ込まれてしまい、俺の案は却下された。うん。まぁ、そうなるよね。
「花言葉で選ぶのとかどうかな?」
スマホをポチポチと加西は花言葉の検索画面を見せてきた。
「カスミソウの“感謝”は良さそうだな」
「色も白だからどれでも合わせられるもんね」
「あ、さっき、これどうかって思ったんだ」
新島が指さした花は濃いピンク、薄いピンク、オレンジなど色とりどりに咲いていた。
「スイートピーか」
「きれいだね。どんな花言葉なんだろう?」
加西はまたスマホでポチポチ調べ出した。
「あ! “門出”と“優しい思い出”だって」
「いいじゃん! これも入れよーぜ」
「思い出は優しくねーけどな」
「もう! 燎太! さっき楽しかったって言ったじゃん!」
ぷくっと頬を膨らませながら加西は言ってきた。
「楽しいと優しいは違うだろ」
「ったく、めんどくせー奴だな。明日これ渡すの燎太なんだからな」
「え、俺が渡すの?」
「当たり前だろ。一応は部長だろ。最後くらいちゃんと部長やれよ」
「そうだな。じゃないと俺が部長だってことみんな忘れるもんな」
俺は苦笑いをしながら答えた。
「濃いピンクと薄いピンクにしよっかな……」
隣で加西は真剣に花束の花を選んでいた。
「三宅先生、ピンクの方が似合うと思うんだけど、どうかな?」
「うん。いいんじゃね」
「三宅先生よくピンクのモノ身に着けてたもんな」
俺がごく普通な流れで三宅先生情報を出すと2人は同時に俺に視線を向けた。
「え? そうだったの?」
「お前、三宅先生見すぎだろ」
「へ? いや、3年間も一緒なら嫌でも目に入るだろ」
「俺も3年間一緒だったけどそんなの知らねーわ」
「おい、俺を変態を見るような目で見るな! 観察力と記憶力がいいんだよ」
「ま、そういうことにしといてやるよ」
新島は再び花選びを始めた。
「僕は変態だと思ってないから」
加西はにぱっと笑顔を向けてきた。でも、その笑顔が逆に辛かった。
「あ、ありがとう……」
いろいろ悩んだ結果、ピンクを基調としたスイートピーにカスミソウの花束を買った。桧倉に言われた通り学校に届けてもらうように頼み、俺たちは学校に帰った。
***
花屋から帰ってきて部室に入ろうと扉に手をかけようとしたが、それがためらわれた。
「――分からないわ」
「そっか。でも、きっとそれは沙彩花が気づいてないだけじゃないかなって思う」
「そう、かしら」
「うん。そうだよ」
「……やっぱり、分からないわ」
「きっと、いつか分かるよ。だから、その時まで萌百菜は何もしない。なんか、ずるい気がするから」
「ずるい? 何がかしら?」
「それも、その時になったら分かるよ」
彼女たちは何の話をしているのだろうか。でも、話が終わる気配がなく俺たちはそのまま立ち尽くしていた。
「でも、それは沙彩花のためだけじゃないよ。萌百菜のためでもあるから。萌百菜ね、失いたくないんだ。やっぱり、す――」
「久坂部くんたち、花束を買いに行っただけにしては遅くないかしら」
陣内は桧倉の言葉を遮った。それから少し間が空いて桧倉は返答した。
「……あ、そーいえばそうだね」
しばらく彼女たちの無言が続いた。このタイミングを逃したらまたいつ入れるかわからない。俺たちはやっとその扉を開けた。
「あ! ちょうど帰ってきた。遅すぎ」
桧倉は俺たちを見ると軽く睨んだ。
「花を買うだけでどれだけ時間がかかってるの? こちらはもう終わっているのよ」
陣内はため息をつきながら言った。
「ごめんね。いろいろ悩んでたら時間かかっちゃった」
しかし、加西が謝ると桧倉も陣内も表情を緩めた。
2人とも加西にはチョー優しいんですね。俺が何か言い訳しようなら絶対それを許しませんよね。特に陣内。
「やっぱ、陣内絵上手いな」
新島は完成された色紙を見て素直な感想を述べた。それを聞いて俺も加西も色紙を見た。
「うわぁ! ホントだ! これ、僕?」
「ええ。似てるかしら」
「うん! すっごく似てる!」
陣内の描いた色紙には、中心に三宅先生、その周りに俺たちが描かれていた。それぞれ特徴をつかんでおり、とてもよく似ているのだが、俺は少しその似顔絵に不満を持った。
「ちょっと待て。おれ、こんなに顔死んでないだろ」
「え? いつもそんな顔だよ」
「だよな」
「正直、1番似てるかも……」
「あなたと3年間過ごしてきて、この顔しか見たことないのだけれど」
桧倉、新島、加西、陣内と流れるようにセリフが飛び出した。そんな即答されると本気で俺の顔心配しちゃうんだけど。
「仮にそうだとしても、絵ぐらいもう少しよく描けよ」
「そしたら似顔絵ではなくなるでしょ」
当然のことを言われてしまい、俺は返す言葉がなかった。
返す言葉を必死に探していると桧倉がその色紙を俺に突き出してきた。
「先、燎太たち書いていいよ。それぞれの吹き出しのところに書いてね」
桧倉は俺に色紙を渡すと陣内と談笑し始めた。陣内はうっとうしそうに最初はするものの、結局話を聞いてあげている。なんだかんだ言って仲がいいのである。
さて、三宅先生になんて書こうかな……。案外書きたいことはすぐに決まり俺はペンを握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます