最後まで俺に決定権はない
ついに俺たちも3年生になった。2、3年生ではクラス替えも担任替えも行われないので周りの環境は何ら変わらない。ただ、変わったとすれば受験に対する意識くらいだ。
ちなみに、『帰宅部』というとなぜかこのタイミングで部室が用意されました。
移動するのめんどくさいからそのままでいいんですけど……。
その部室とやらはもともと倉庫と化した教室だったが、本来の倉庫が片付けられたらしく、その教室がただの空き教室になり、『帰宅部』が貸してもらうことになった。その部室に行くと
「陣内でも勉強するんだな」
「それはどういう意味かしら」
陣内は顔を上げて首をかしげた。
「いや、陣内は頭いいから勉強なんて必要ないんじゃねーかって思っただけだよ」
「それは過大評価ね。さすがの私でも勉強は必要よ」
「“さすが”を強調するところが嫌味ったらしいな」
「仕方ないじゃない。
俺は褒めてしまったことを後悔した。
しばらくすると
でも、ここ意外と勉強が捗るな。この部室はルーム棟ではなく管理棟にある教室なので、グラウンドが遠くなり声があまり聞こえなくて静かだ。
でも、その静寂を打ち破るのはあの女子たちだ。
「みんな久しぶり~」
「あれあれ? みんな勉強?」
「そうだよねー。もう受験生だもんね。
桧倉は少し残念がったが納得すると、とんと席について鞄から教科書を取り出した。
「えー。ももはるりといろいろ話そ~よ~」
西城は桧倉の腕をぶんぶん振り出した。
「るりは進学しないからいいけど、萌百菜、大学行きたいし、それに結構頑張んなきゃだから……」
それを聞いて西城は少し考えると、にっと笑った。
「ま、仕方ないね。るり、みんなの将来まで邪魔するような悪い子じゃないから」
「じゃあね~」とひらひらと手を振って西城は部室を出ていった。その日を境に西城は部室に来なくなった。
***
あと1週間で夏休み。と言っても3年生は夏期講習がみっちり詰めれられているため全然休めません。こればかりは文句を言ってられない。こうなったらここで休めなかった分、大学でいっぱい休んでやる!
例のごとく『帰宅部』の部室は5人の受験勉強部屋になっていた。1人でやったり時には教え合い、なかなかいい感じで捗っていたところに無遠慮に部室の扉は開かれた。
「失礼しま~す」
うわっ! なんか聞き覚えあるぞこの声。あ、ビッチな後輩改め新島の彼女! いや、それ全然改まってなかった。
でも、西城はここんとこ部室来てないし、テニス部に行ってるんじゃないのか? っと思ったらどうやら来訪者は1人ではなかった。
「なんでお前いんだ?」
そこには新島の彼女だけでなく、男子生徒となぜか俺の妹の
「
勉強していた手を止めて陣内は驚いた表情でその男子生徒を見た。
「勉強の邪魔してごめんね。姉ちゃん」
その男子生徒は陣内のことを“姉ちゃん“と呼んだ。ってことは、こいつ陣内の弟か! かたや『帰宅部』でかたや生徒会って……。なんだこの差。でも、たたずまいは姉の陣内の方がしっかりしているように思えた。
「
桧倉も弟の存在を知らなかったらしく、さっきから陣内と弟を見比べている。
「でも……。う~ん。言われてみれば何となく似てるかも……?」
「似てないわ」
スパッと桧倉の意見は陣内に否定されてしまった。
「
加西がにこっと俺に微笑みながら言った。あぁ! 俺は加西を妹に迎え入れたい! あ、いかん! いろいろいかん! まず、加西は男だから弟だ! いや、そういう問題じゃねーか。
「そーか、文化祭の時加西は会ってないのか。俺は文化祭で会ったから2度目だけど」
「覚えてますよ! 新島先輩ですよね! お久しぶりです」
「よく覚えてたな。燎太と大違いだ」
悪いな、人覚え悪くて。
「仕方ないですよ~。お兄ちゃん、1人でいるから覚えるも何も名前教えてもらえてないですから」
「おい、妹が余計に俺にとどめを刺してどうする」
紘夏は悪びれもなく「てへっ」っと舌を出した。
「ちょっと! 勝手に盛り上がらないでよ!」
ぷくーっと可愛らし気に新島の彼女は顔を膨らませた。それを聞いて俺たちも話を途中でやめて聞く体勢に入った。それを感じたのか、新島の彼女はわざとらしい小さな咳払いを1つして話し始めた。
「えーっとですねー、今日はちょっとお話があってですねー」
新島の彼女は大きなおめめをパチくりさせながら言った。だが、その続きを言おうとしない。すかさず陣内が続きを促し、やっと新島の彼女は口を開いた。
「ふふん! それはですね……。じゃーん! これです!」
ずっと後ろに持っていたものを「ババーン!」という効果音がふさわしいほどに勢いよく出してきた。
ってゆーか、これ、何?
「あ、これ学校パンフレットだよね?」
桧倉は見てすぐにこの正体がわかったらしい。確かに、よく見れば俺たちと同じ制服着た人たちが表紙だもんな。
「もも先輩、大正解です!」
パチパチ~っと新島の彼女は拍手を送っている。
「で、それがどうかしたの?」
「実は、これ、5年前に作られたものなんですよー。古くないですかー?」
「古くないですかー?」って言われても、そんなもんなんじゃないかって思うんだけど。こういうのって毎年作るもんなの? そんな大して変わんないじゃん。
俺がそう思っている間にも新島の彼女は話を続ける。
「だ、か、ら、新しく作ろうって生徒会で決めたのです!」
人差し指を顔の横でびしっと立てて決めポーズ!
はーいよくできました。で、だから何なん?
それはみんなも思ったらしくぽかんとしていた。
「それで、私たちに何の用なのかしら」
「待ってました!」といわんばかりのニヤリとした顔つきをして新島の彼女は一歩前に踏み出した。
「そこで、先輩たちにパンフレットの表紙モデルを頼みたいんです!」
シーンと部室が静まり返った。それでも新島の彼女のあざとい笑顔は崩れない。
「いやいやいや! 冗談でしょ!」
桧倉が顔の目の前でぶんぶん手を振った。
「もも先輩、生徒会も冗談言いに行くほど暇じゃないんですよ?」
にこーっとした顔のまま言い返された。
でも、その割には生徒会3人でここに来ちゃってません? それって暇なんじゃね?
「で、でも、さすがにちょっと……」
桧倉が俺を見てきた。するとほかの3人も俺に注目する。
やめて! そんなに見つめないで! 恥ずかしいから! あ、でも加西からはずっと見つめられてたい。
でも、残念ながらこれは俺を好きで見ているわけではない。俺は1つ大きなため息をついて口を開いた。
「この様子を見てわかるだろ。それは無理だ。ほかの奴に頼め。あー、西城とかならやるんじゃねーか。こういうの好きだろ」
「あ、るり先輩は無しで」
えー。なにそれ。西城と仲がいいんじゃなかったの? なんか知らなくていいこと知った感じ。
「ねぇ、まさくん、ダメ?」
ついに彼氏に甘えだしたぞこいつ。
「部長の判断だから」
新島はただ一言そう言って彼女のお願いを断った。案外冷たいんだな。彼女に。
「はぁ~。仕方ないな~。もう、この手を使うしかないか」
その言葉を聞いて紘夏が部室の扉を開けて誰かを手招きした。
「少しは成長したと思ったんだけどな~」
そういいながら入ってきたのは
「そうですよね~。3年経ってもこれですもんね~」
なぜか一緒に新島の彼女まで呆れ始めた。
「なに、盗み聞きですか。三宅先生趣味悪いっすね」
「盗み聞きじゃないよ! これはあなたたちの成長を図ってたんです!」
ずびしっ人差し指を立てて自慢げに言ったが、誰もそれに納得している風ではない。
「3年間あれこれと小さいことから大きいことまで学校のために活動してきたのに、最後の最後に放棄しちゃうの?」
「いや、あれは三宅先生が勝手に持ってきたからやってただけなんですけど。それに、自分からやってたらそれ『ボランティア部』になるじゃないっすか」
「え? 言ってみればそんなもんじゃん」
えー! 俺たち『帰宅部』なんですけどー。まぁ、ホント、いまさら言うことじゃねーか。
「最後くらい、自主的に活動してみましょうか」
陣内は途中から勉強に戻っていたらしく、その教科書に押し花のしおりを挟んで静かに閉じた。
「もうこの場合自主的じゃなくね?」
俺が横目で陣内を見ると陣内はなぜか勝ち誇った顔をした。
「私たちはまだ正式に三宅先生から仕事を与えられてないわ。なら、ここで仕事を引き受けるのも断るのも私たちの自由。その状態でこの仕事を引き受けるのならそれは自主的と言えるわ」
なんだその論理。しかし、その説明は桧倉、加西そして新島も納得いったようだった。
「沙彩花がそう言うならやろっか」
「そうだね」
「まぁ、最後だしな」
部長の意見なんか無視して4人は勝手に結論を出した。まぁ、いつものことだけど。でも、これももうあと1週間で終わりだ。
俺が半ばあきらめていると、陣内に名前を呼ばれた。その呼びかけに顔だけで返事をすると陣内が顎をくいっと生徒会3人の方に動かした。いや、何?
するとはぁっと大きなため息を陣内はついた。
「あなたが部長でしょ? 最後くらい部長らしいことしたら?」
どうやら、最後だけでも俺に部長として面目を保たせようとしているらしい。逆説的に俺はやっぱり今までは部長として認められていなかったらしい。
「その仕事、引き受ける」
『帰宅部』最後の仕事。それは数回のフラッシュがたかれてあっという間に終わってしまった。
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