それでもことは上手く収まる

 修学旅行最終日。各班自由に東京観光となり桧倉ひくら西城さいじょうの意見で原宿に行くことになった。特に2人は竹下通りに行きたいらしく、行ってみたはいいが、昨日をはるかに超える人口密度で女子たちでごった返していた。さすがに、残りの4人も顔が青ざめた。

「すごい人だね……」

 もう加西かさいなんておびえてるぞ! 俺が守ってやらなきゃ!

「お前らだけで行って来いよ」

 俺がジト目で桧倉と西城を見ると、鋭い眼光で西城に睨まれた。

「せっかくここまで来たんだし、みんなで行こ」

 桧倉も「お願いっ」と顔の前に両手を合わせてポーズをした。

「ま、行ってみよーぜ」

 1番最初に名乗りを上げたのは新島にいじまだった。

「そ、そーだね」

 加西も意を決したみたいだ。なら、俺も行かないとな。加西は俺が守るから。

 振り向いて陣内じんないを見た。明らかに顔がこわばっている。陣内、人混みとか苦手だもんな。

「せっかく来たのなら行ってみましょう」

 髪を耳にかけながらさらりと言ってつかつかと歩き出した。意外とすんなり受け入れたようだ。

 朝だというのに早速クレープ屋に立ち寄ってクレープを買いだした。

 朝ごはん食べたばっかじゃねーか。これが世に言う別腹というものか。

 桧倉と西城は積極的に店に立ち寄るが、ほかの4人は別段このようなところに興味があるわけでもないので外観だけ見て「へー」やら「ほー」と言って、時折気になるものがあれば買っているぐらいだった。

「ねぇ! プリクラ撮ろ!」

 西城が指さした場所は同じようなプリクラがやたらとあった。俺は無視してよそを向いていると、俺のご主人様、いや、加西が両手をパンと鳴らしてうれしそうにしていた。

「うん! いいね! 思い出に撮ろうよ!」

 ご主人様が言うなら仕方ない。誠実な執事はご主人様に従うのです。

 6人で撮ることになったはいいが、長細い箱に男女6人はなかなかきつい。俺なんかほとんど見切れてるし。撮影はあっという間に終わって次は落書きの時間。ここからは女子たちに任せて俺はどっかに座っていよう。

 適当に椅子を捜して見つけるとそこにはもう陣内が座っていた。

「新島と加西は?」

「トイレに行ったわ」

 たいして話すこともないのでそれからは何も話さなかった。そこに落書きが終わったのか桧倉と西城がやってきた。

「ねぇ、燎太りょうたくん。るりと一緒にプリ撮らない?」

「は?」

「え!?」

 その場にいた誰もがその言葉に驚いた。

「ふーん。そんな顔するんだ」

 西城は見定めたかのようなことを言った。

 俺、そんな露骨に表情に出していただろうか。確かに驚いたけど。

 でも、西城はすぐにいたずらな笑顔に変わった。

「もう! 冗談だよ。からかってごめんね。燎太くん」

「変な冗談はやめろ。俺はそういう類は慣れていないからどういう対応していいかわからん」

 その時トイレから新島と加西が戻ってきた。

「じゃあ、今度は5人で撮ってきなよ。ホントはるりが1番邪魔者なんだから」

 西城はいつものように明るい声でさらりと一線を引くようなことを言った。

「邪魔なんて何でそんなこと言うの?」

 桧倉の口調は怒気を含んでいた。俺は桧倉が怒った姿を初めて見た。

「そ、そんなことないよ! 西城さんがいてとても楽しいよ!」

 加西はしどろもどろしながら必死にそう言った。

 西城は曖昧な笑顔を一瞬浮かべたかと思うとまたすぐにいつものいたずらな笑顔を浮かべた。

「2人もありがとう。でも、そんなつもりで言ったんじゃないんだけどな~。ただ帰宅部の5人でも撮ったらいいのになって思って言ったんだよ」

「そういうこと、か……」

 桧倉も勘違いと分かってぼそっと一言つぶやいた。

「どう、する……?」

 桧倉が遠慮がちな目で俺に問うてきた。

「まぁ、1回くらいなら……。時間もまだあるし……」

 気は進まなかったが、この雰囲気を打破するためにはこれしか方法がなかった。

「じゃあ、いってら~。私、その間あのお店行ってくるね」

 西城は目の前の店を指して場所を示すと、すぐに行ってしまった。

 西城は明るく振舞って見せたが、本当はずっと引っかかっていたのだろうか。『帰宅部』の中にただ1人いることを。あの一瞬の表情は何を意味していたのだろうか。


 ***


 西城が消えた。正確に言うと西城が行くと言った店に姿がなかった。あわてて桧倉がLINEを見る。

「え!? スカウト!?」

 思いもよらないLINEが来ていて桧倉が混乱し始めた。

「桧倉さん。落ち着いて。なんて書いてあったの?」

 陣内はいつものトーンで桧倉に聞いた。

「えっと、『スカウトされたから事務所に行ってくるね~!』あと、住所も一緒に載ってる」

 桧倉はその住所を陣内に見せた。

「西城さんが事件に巻き込まれた可能性もあるわ。まずはこの住所を調べてみましょう」

「うん! わかった!」

 桧倉はその住所を調べだした。

「ここチョー有名なとこじゃん!」

 ほれと桧倉はスマホの画面を俺たちに見せてきた。見せられても俺にはわからん。

「なら、ここに電話をして西城さんがいるか確認してみましょう」

 陣内に言われて桧倉はその事務所に電話をし始めた。すると本当にそこには西城がいたらしい。

「るりいたよ! 萌百菜ももなたちも行こ!」

 俺たちは人がごった返す中かき分けてその西城がいる事務所に向かって受付の人に事情を説明すると、西城がいるところに案内された。そこでは西城がノリノリで写真を撮られていた。

「るり! 何やってるの! 心配したんだよ!」

 桧倉の心配をよそに西城はにこにことしていた。

「ごめん、ごめん。なんか楽しそうだったからつい」

「西城さん、修学旅行中なのだから単独行動はやめてもらえるかしら」

「そんな怒んないでよ」

 俺たちが安心したのもつかの間、間髪入れずに事務所の人がよく分からないことを言い出した。

「君たちも一緒に撮る? みんな顔整ってるし」

 と言いながらその人は絶対俺以外に言ってるよな、これ。

「いや、私たちは結構です」

 冷めた声で陣内がお断りをした。

「え~。もったいない。いいじゃん、思い出だよ、思い出。こんなこと体験できるのってなかなかないよ~」

 西城ががっかりした表情を見せた。それにかぶせるように事務所に人がもう一押ししてきた。結局俺たちは仕方なく6人で写真を撮ってもらうことにした。

 撮った写真は1人1人に渡されて、事務所を後にした。渡された写真を見てみると何やらの雑誌の表紙のようなものが出来上がっていた。しかも、俺、顔が引きつっている。

 それに比べてとなりにいる加西チョーかわいい! この笑顔が手に入ったからこの写真は良しとしよう。

「るり、ホントに事務所に入るの?」

 なんと、この短時間で西城派事務所に入ることを決めてきたらしい。

「うん! だって、楽しかったもん! ももも一緒にやる?」

「萌百菜はいいよ。そういうの興味ないし」

「なんで~。るりともも一緒に出たら絶対人気出るよ!」

「そもそも、東京に毎回通えないじゃん」

「あ、それは大丈夫。地元に支店があるから」

「そうなんだ……」

 桧倉はまだ納得している風ではなかった。

「まぁ、るりはそこんとこ要領よくやっちゃうタイプだから。大丈夫だよ」

 フンフン♪ と鼻歌交じりに西城は機嫌よく言ってのけた。

 確かに、西城なら要領よくやりそうだな……。それにしてもこの修学旅行、何かと西城に振り回された気がするのは俺だけだったのだろうか。それでも、この修学旅行が今までに比べるといいものだと感じた。まぁ、今までが今までだったけどさ。

 ふと陣内もそう感じたのかと考えてしまった。でも、考えたところで分からないのでそのことに頭を使うのはやめた。


 俺は家に着いて、そこら辺に転がってた写真立てに今日もらった写真を入れて飾ってみた。うん。これで毎日加西に会えるね。……いや、やっぱなんかこういうの恥ずいな。辞めよう。

 写真立てから外し、その写真をそっと引き出しにしまった。

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