突き放しては気まぐれに手を差し伸べる
お通夜のような昨日の食事から察するに、今日も雰囲気最悪だろうと身構えていたが、いざ、ふたを開けてみたら昨日のことが嘘かのような光景が目の前に広がっていた。
「うわー! ここに来るのいつぶりだろー!」
「ねぇ、ねぇ! これ乗りたい!」
あれ? 昨日のあれは何だったの? めちゃくちゃ仲悪かったじゃん。それが一夜空けたら元通りどころかそれ以上になってません?
「仲直りしたのかな?」
「まぁ、あの様子だとそうなんだろうけど……。女子ってよく分かんねーな」
「あの2人仲直りしたのか?」
俺は隣にいた
「そのようね。私もその場に居合わせていたわけでないから詳しくはわからないのだけれど……。仲直りしてくれたのならよかったわ」
しかし、陣内はどこか複雑な表情をしていた。
「じゃあ、みんな、まずはこれを乗ろー!」
桧倉と西城が決めたのか、西城が俺たちにパンフレットで目的地を指した。桧倉と西城が先頭に立ち、その後ろに加西と新島、そのまた後ろに陣内、最後に俺が続いた。このアニマルスクールワールドはやたら広くてその目的地に行くのにも時間がかかる。そのうえ、目的地に行く最中に何回も写真を撮るから余計にかかるのだ。
「キャー、くまのジョンとエマだ! 一緒に写真撮ろー!」
「ホントだー! みんな早く、早く!」
先頭にいた桧倉と西城が何かを見つけ出すと走り出した。俺たちも慌てて後を追った。
「わー! ジョン! かわいい―」
「エマー! 会えてうれしい―!」
そう言うや否や桧倉と西城はジョンとエマという名前のくまに飛びついた。
「うわー! ジョンとエマだぁー! かわいいね」
加西は嬉しそうにジョンとエマを交互に見た。
「るりたちと写真撮ってくれる?」
西城がジョンとエマに尋ねるとそのくまはこくりと頷いた。すると、桧倉と西城がジョンとエマに挟まれる形で陣取った。そして、ジョンとエマの両脇に加西と新島が分かれて立った。
「何してるの?
俺と陣内が邪魔にならないように少し離れた場所に立っていたら桧倉が俺たちに向かって手招きをした。それに畳みかけるようにスタッフのお姉さんまでも誘導してきた。仕方ないので入ることにしたが、これ何処に入ればいいの?
それを察したのか桧倉が指で示してきた。それは桧倉と西城の前だった。
俺なんかが真ん中で写真撮っていいのか? ってか、俺が中心になることがないからちょっと恥ずかしい……。
しかし、陣内はそういうことを全く気にしていないのか、スタスタと真ん中に入った。
これは俺も行くしかないな。陣内が真ん中に入って中腰になり、俺もその隣に入った。
「じゃあ、行きますよー。はい、チーズ!」
スタッフが2枚写真を撮ってスマホを西城に渡した。スマホを渡された西城は桧倉と一緒にその写真を確認して満足そうにしていた。
それからしばらくしてやっと目的地に着いた。そこはさっき写真を撮ったばかりのくまたちがモチーフにされたアトラクションらしい。
にしても、沢山くまがいるけど、色が違うくらいであとは全部同じに見えるな。さっきのくまがどれなのかも分からない。
「やっぱ人気だねー」
「70分待ちかぁ」
「70分待つことになるけど、いい?」
西城はくるりと振り向いて俺たちに同意を求めていたが、西城と桧倉はもうさっそく並んでいた。
いや、これもう断ったらダメな雰囲気じゃん。
「僕はいいよ。これ乗ってみたかったんだ」
「俺も、ここに来たらこれには乗っとかないとな」
「燎太くんと沙彩花ちゃんはどう?」
「私は別に構わないわ」
俺は少し、興味本位で断ってみたらどうなるのか試してみたくなった。
「いや、俺は――」
「え? 何? 燎太くんそんな空気読めないような男子じゃないよね?」
西城は顔は終始笑顔だが目の奥が笑っていなかった。やばい、このままだと殺されちゃう。
「いやー、俺楽しみすぎて、70分とか全然短く感じるなー。アハハ……」
「そーだよね! 70分とかお話ししてたらあっという間だもんねー」
西城は希望通りの答えをもらえて機嫌よく桧倉のところに戻っていった。
とはいえ、やはり70分と言うのは短くない。待っている間に所々にあるこのくまたちの説明文を読んで時間をつぶした。おかげでこのくまに少し詳しくなっちまったじゃねーか。
実際に乗ってみるとそこはくまたちの世界が広がっていた。これは絶叫マシーンとは違ってゆっくりとくまの世界を進んでいた。さっき説明文を読んだかいもあって出てくるくまたちの名前が分かってしまう。
やばい。あの説明文読んだ方がこれ楽しいぞ。あそこで寝ているのがローラ、お菓子を作っているのがさっき写真を撮ったジョンとエマ。その隣でそのお菓子を盗み食いしようとしているのがヤンチャなチャーリーだ。俺的にはチャーリーがお気に入りだな。
待つのにはあれだけ時間がかかるくせに、アトラクションに乗っていた時間はほんの数分だった。
何これ。割に合わなさすぎ。
アトラクションから出るとちょうど昼になっていた。昼ご飯はアニマルスクールワールドのキャラクターたちがミュージカルをしてくれるところでそれを見ながら食べた。さっきくまについては詳しくなったけど、ここにはくま以外のキャラクターも沢山出てきて誰が誰だか分からなかった。
***
「よし! 今度はこれ乗ろ!」
「乗ろ! 乗ろ!」
相変わらず西城と桧倉はテンションが高かった。昼ご飯を食べてすぐにもかかわらず休む間もなく次々とアトラクションに乗って行った。本日5つ目のアトラクションだろうか。そのアトラクションは今までにないくらいの猛スピードでレールの上を駆け抜けていった。いわゆるジェットコースターというものだ。これを見て俺はついつい顔が引きつってしまった。
「おい、まさかこれに乗るとか言わないよな」
俺が前にいる桧倉に問うた。
「乗るに決まってんじゃん! これ楽しみにしてたんだから」
「まじかよ。これ乗ったら死んじゃうんじゃないの?」
「大丈夫だよ」
桧倉と西城は平気な顔をしてそのアトラクションに入ろうとした。それに続いて新島も入ろうとしたが、それをクイクイッと加西が止めた。
「こ、怖そうだけど、大丈夫、だよね?」
「あ、スピードは結構出るけど外に出た時に見える風景は超きれいだから」
「そ、そうなんだ……。じゃあ、頑張って乗ってみようかな……」
「うん! 行こーぜ、行こーぜ!」
新島は加西の肩に手をまわしてアトラクションに向かった。これは俺もどうせ乗らなきゃいけなくなるパターンだと思い、何か言われる前におとなしく後についていこうとした。
「
小さな声ながらもこの雑踏の中ではっきりとその声は聞こえた。振り向いた先にいた陣内は俺と目を合わせないまま話を続けた。
「私、少し疲れたから外で休んでいるわ。そうみんなにも伝えて」
陣内はそれだけ言うとこのアトラクションの出口の方へ向かった。俺はなぜかその時、みんなの方向ではなく陣内の方へと足を踏み出していた。
「んじゃ、俺も休むわ」
「なぜ久坂部くんが休む必要があるの?」
あとから俺がついてきたことが不思議だったのか陣内の表情はきょとんとしていた。
「苦手なんだよ。あーゆうの」
「久坂部くんの場合、ここのような遊園地自体が苦手でしょ」
「まぁ、そうだけど。特にな」
「そう」
陣内はそれから何も発しなかった。それからしばらく沈黙が続きそのまま出口に着いた。入口の人の多さから察するにみんなが出てくるのはずいぶんとかかりそうだ。そのうえ、陣内は疲れたとさっき言っていた。このまま立たせたままではかわいそうだ。
「時間かかるだろうから座っとくか」
「ええ。そうね」
そうは言ったが周りを見渡しても空いている椅子が見当たらなかった。
「空いてるところないからどこか適当に店でも入るか」
陣内はこくっと頷いて俺の後をついてきた。近くにカフェらしき店があったのでそこに入った。
「何か飲むか?」
飲食店に入っておきながら何も頼まないわけにはいかないので、飲み物ぐらいは頼むことにした。
「えっと、そうね、ホットコーヒーを」
「じゃあ、ホットコーヒー2つ」
俺はさらっと注文を終えると2人分のお金を払い、店員から2人分のコーヒーを受け取るとそののまま席に着いた。
さらっと俺かっこいい! マジ紳士! そう心の中で自画自賛していると、目の前に座った陣内は気まずそうだった。
「そう勝手に進めてもらっては困るのだけれど。これ、コーヒー代」
そう言って陣内は俺にコーヒー代を差し出した。
「別に構わねーよ。俺から店に入ること提案したんだし」
俺は差し出されたお金を陣内に返した。陣内は困りながらもお金を財布に戻した。
「久坂部くんに借りができてしまうなんてね」
少し悔しそうにしながら陣内は俺がおごったコーヒーを一口飲んだ。
よし! 陣内に貸しができだぞ! 何か困ったときに使ってやろう! あれ? 俺全然紳士じゃなかった……。
しばらく無言の時間が続き、陣内のコーヒーカップを置く音がカタリと鳴った。
「修学旅行では久坂部くんに助けてもらってばかりね」
俺は意外な言葉にコーヒーを吐き出してしまうところだった。そんな俺をよそに陣内は話を続けた。
「でも、やはり修学旅行には来るべきではなかったわね」
陣内はそれだけだと言わんばかりにまたコーヒーカップに手をかけた。
「なんでそう思うんだよ」
陣内がコーヒーカップに口を付ける前に俺が聞いたので陣内は持っていたコーヒーカップを再びテーブルに置いた。
「桧倉さんは気を遣って一緒に班を組んでくれたのだろうけど、本当はいつも一緒にいる人と組みたかったはずよ。桧倉さんだけじゃない。今回班を組んでくれたみんなそう。まぁ、あなたは友達がいないだろうから別だけれど」
ちゃんと俺は別だと釘を刺したが、陣内の顔は曇っていた。
「それなら無理して来ることもないだろ」
陣内は閉じていた目をしばらくするとゆっくりと開いた。
「……親に心配かけたくなかったのよ。私、小学校も中学校もずっと1人だったから親も友達がいないことを心配してたのよ。周りの環境が変わったのにそれでも友達がいないことを心配させたくなかったの。それに……」
陣内は言いかけて言葉を詰まらせた。俺はつい陣内の顔を覗き込んでしまった。そこで目が合うとツイと目をそらされた。陣内は仕切り直すように咳払いを一つした。
「実は、今、母が入院しているの。だから祖父母がいる
燎太はそれを聞いて何と言葉をかけるべきが考えあぐねていた。その所に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「燎太~!」
手を振ってこちらにやって来たのは桧倉だった。その隣に西城、その後ろに新島と少し元気がなさげな加西がいた。
「勝手にいなくなるから心配したよ」
「あぁ、悪りい」
残っていたコーヒーを飲みほして席を立った。しかし、陣内は座ったまま動こうとしない。
「私、ホテルに戻るわ」
その言葉に敏感に反応したのは西城だった。
「え? なんで? 楽しくないの?」
「別にそういうわけではないわ」
「じゃあ、どういうわけ?」
「疲れただけよ」
陣内と西城の2人の会話は全く温かみを持たない冷たいものだった。そこに、ふわっと温かみのある声がかけられた。
「じゃあ、
桧倉は陣内の隣に座った。
「まぁ、そろそろお土産買わないとだし。休憩もありかもね」
陣内に向けていた顔よりも穏やかな顔で西城はそう言うと隣のテーブルをくっつけて桧倉の隣に座った。その様子を見て今後の流れを理解した俺たち男子は女子の向かいに座った。
***
あれから数十分カフェに居座った後、俺たちはお土産屋さんを回った。俺は1人で商品を物色し、いいなと思ったものは次々とかごの中に入れた。向こうのお菓子コーナーでは桧倉と西城がワイワイ盛り上がりながらお土産を選んでいた。だが、しばらくすると、いつの間にか俺の隣にいた新島にルンルンと西城が近づいてきた。
「
愛珠というのは俺がビッチ認定をした新島の彼女だ。
しかし、そういえば、新島が彼女の話をするところ見たことないな。無論、友達でもないただのクラスメイトの俺に話すわけもないから仕方ないが。まぁ、毎回部活終わりに昇降口で彼女が待っているあたり、別れてはないんだろうけど。
「まだだけど」
「え~。こーゆーのは、真っ先に彼女のプレゼントを選ぶものでしょ! もう、仕方ないなぁ~。るりが一緒に選んであげるよ」
「別にいいよ」
新島は適当にあしらったが、そんなことは気にせず西城はあれこれと商品を手に取りだした。
「これとか愛珠好きそうだよね!」
西城の様子を見て新島はあきらめたのか一緒にプレゼントを選び出した。俺は落ち着いてお土産を選べなくなったのでその場から離れた。そのまま店内をふらついていると、何やら真剣な顔で2つの商品を見比べている陣内がいた。
「おい、そんなに睨んでどうしたんだよ」
俺が急に話しかけたから驚いたのか、「キャッ」と、とてもかわいらしい声を出してきた。しかし、俺とわかった瞬間咳払いを一つしていつもの表情を見せた。
「あら、久坂部くんだったのね。つい不審者かと思ってしまったわ」
俺はいつもの陣内の罵倒をスルーして話を続けた。
「で、何してたんだよ」
「お、弟にあげるお土産を選んでいたのよ。でも、どちらがいいのか分からなくて……」
そう言って陣内が手にしているのはくまのジョンとエマがセットになっているキーホルダーで1つは学校の制服を着ているバージョン、もう1つはこの時期限定のマフラーや手袋に身を包んでいるバージョンだった。
え、弟にこれやるの? 俺だったらもうお菓子くらいで十分なんだけど。キーホルダーもらっても付けていくの恥ずかしいし。まぁ、弟が好きなら話は別だけど。
と、陣内の足元に置いてある買い物かごに目を落とすと、そこにはジョンとエマのグッズがあふれていた。
「陣内、ジョンとエマがそんなに好きなのか」
陣内は慌ててかごを拾い上げて後ろに回した。そして顔はみるみるうちに赤くなっていった。
「べ、別に私のだけではないわ。母や祖父母の分もあるのよ」
「いや、好きなら好きでいいんだけどさ……。なんか、意外だったから」
「だから! 違うって……。もう、いいわ。あなたの好きに解釈しなさい」
陣内はあきらめたのか後ろに持っていたかごをまた床に置いた。
「何? けんか~?」
後ろから陽気な声がして振り返るとねこのキャラクターの帽子をかぶった西城が立っていた。その横にエマの帽子をかぶった桧倉もいる。新島の彼女へのプレゼント選びも終わったのだろう。
「喧嘩なんかしてねーよ」
「ならいいんだけど。それよりも、燎太くん、写真撮って」
俺の返事を待たずに西城はスマホを渡してきた。まぁ、このような仕事は今までも頼まれてきたことだからすぐにスマホを構えた。
「あ、待って、待って。沙彩花ちゃんのもあるから入って!」
西城は持っているジョンの帽子をゆらゆらと揺らした。陣内は最初は拒んだが、その帽子を気に入ったのか2人の中に入った。
やっぱ、好きなんじゃん……。
「んじゃ、撮るぞー」
2、3枚撮ってスマホを西城に返した。
「うん、うん。いいね~。じゃあ、今度は男子たちね」
すると西城は俺に何やらかぶせてきた。
「なんだよこれ」
「まぁ、まぁ。晟斗くんと結優くんのもあるからちょっと2人探してくるね! どっか行ったらだめだよ!」
西城はタッタと2人を捜しに行った。取り残された俺がふと目を向けた先には陣内と桧倉が楽しそうに会話していた。しばらくすると桧倉がスマホを取り出し2人で自撮りをしだした。その様子を見すぎたのか桧倉と目が合ってしまった。
「燎太も一緒に撮る?」
「俺はいいよ」
「そ、そっか……」
その時、2人を捜しに行った西城が新島と加西を連れて戻ってきた。2人はすでにキャラクターの帽子をかぶらされていた。
「男子3人そろったわけだし、写真撮るよ~」
やっぱり俺には拒否権がないらしく、何枚か写真を撮られた。
「じゃあ、これをかぶってパレード見に行こー!」
「え、こんなんかぶって外出るとか恥ずかしいし」
「何か言ったかな? 燎太くん?」
西城は目の奥が全く笑っていない笑顔をまた向けてきた。
「いや、何も言ってません……」
***
結局帽子をかぶったままパレードを見て、閉園時間を迎えた。ホテルに戻るまでの道中、桧倉と西城はまだウキウキ気分で盛り上がっていた。新島と加西も何やら楽しそうに話している。俺の後ろを歩いている陣内を見てみると、お土産やかぶっていた帽子に触れては時折笑顔を浮かべていた。
「良かったな。好きなキャラクターの帽子まで買ってさ」
「え、ええ。そうね。まぁ、あなたたちのはいじめっ子のキャラクターだけれど」
「え? そうなん?」
かぶっていた帽子を脱いで確認してみる。確かに、悪そうな顔をしている。でも、新島と加西のキャラクターは言うほど悪そうではない。
「新島くんと加西くんはその中でもまだ支持のあるキャラクターよ。でも、あなたのは1番人気のないキャラクターなの」
ほれとこれ見よがしにスマホを俺に向けてきた。その画面にはアニマルスクールワールドのキャラクター人気ランキングベスト3とワースト3が載っていた。どうやら女子たちはベスト3の帽子を選んだようで、男子はなぜか俺だけがワースト1位のキャラクターが選ばれていた。
「ま、まじか……」
たいして興味はないが、自分がワースト1位と言われているようでなんだか悲しくなってきた。
「でも、安心して。私のかぶっているジョンと桧倉さんがかぶっているエマがあなたに手を差し伸べるシーンもあるのよ」
陣内はにこっと穏やかな微笑みを見せた。この修学旅行で初めて見せた表情だったのではないか。
「詳しいな」
「別に、これくらい常識の範疇よ」
陣内は下を向いた。照れているのか、嬉しいのか、今日が楽しかったのか、帽子の影があって表情はよく見えなかった。
でも、あの時陣内に手を差し伸べたのは確実に西城だった。
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