ゆえに、ぼっちは最強である

 待ちに待ってもいない修学旅行がやってきた。だって、ただ部活しに行くだけだもん。

 まぁ、なんでもいい。修学旅行1日目はスキーに慣れるために初心者コースで少し滑る程度だった。

 って言うか、新潟に来るまでにどんだけ時間かかるんだよ。俺、飛行機とバスの移動時間合わせて4冊の小説読み終えちゃったよ。

 1日目は修学旅行だからと言って特別なことは起きず、ただ飛行機に揺られ、バスに揺られ、新潟に着いたらサーッとスキーを肩慣らしに滑った程度。

 逆に、何か起こってもらっても困るからそれでいいんだが。


 ***


 2日目は昨日習ったことを完璧に習得した体で少し高い山で滑ることになった。

 でも、昨日の見てる感じだと滑れてないやつ結構いたぞ。まぁ、加西かさいの場合は俺が守ってやる。

 とりあえず、俺たちはインストラクターについていき、リフトに乗ってスタート地点に向かった。

「では、ここから1人ずつ滑っていきます。昨日と同じような感じで滑ってください」

 インストラクターはそう言うとさっそうと滑り出した。それに続いて新島にいじまが滑り、その後に桧倉ひくら西城さいじょうが横並びに滑り出した。

燎太りょうた、僕、上手く滑れないから、僕の前で滑ってくれない?」

 加西がプルプルとおびえながら滑る準備をしていた。

「もちろんだ。俺が加西を守る!」

「え? あ、うん! ありがとう」

 一瞬困惑した顔をしたが、加西なりに解釈をしたらしく笑顔で礼を言った。

「はぁ。あなただけでは心配だから、後ろからついていくわ。誰かに襲われそうになっても私がいるから大丈夫よ」

 ゴーグルをつけているはずなのに、陣内じんないからの視線は痛いほど伝わった。

 もしかして、目からビームでも出してるんじゃないかって思うくらい。

「襲われる? ここって熊が出てくるの?」

 スキーだけでなく熊にもおびえだした加西は震えた声で俺に聞いてきた。

「安心しろ。熊なんてもんは襲ってこない」

 俺の答えを聞いて安心した加西はホッとしたのか、少し落ち着いた。

 もちろん、熊だけでなく俺も襲わないから安心だぞ。

 桧倉と西城から少し遅れて、スキーが苦手な加西のために俺が前に付き、陣内は後ろについて滑り出した。

 午前中はひたすらそれの繰り返しになった。しかし、人は何回か繰り返せば慣れてきて上達するものだが、加西に至っては、始めた時とさほど変化はなかった。

「午前中あんなに滑ったのに、僕、全然うまくならないなぁ……。やっぱ、才能ないのかな……」

 加西は申し訳なさそうに俺と陣内を見ていた。

 でも、俺は加西と一緒に滑ることが出来るからとっても楽しい。なんなら、加西の手を引きながら滑ってあげたいくらいだが、あいにく、俺にそこまでの才能はない。あぁ、俺の馬鹿野郎!

 俺が頭の中で自分を罵倒していたら陣内が何か考えるように顎に手をやるしぐさをしていた。

「うん……。才能……はないかもしれないわね」

 陣内はさらりと才能なしの判定を下していた。

 いや、もう少しオブラートに包んでやれよ。いくら優しい加西でも傷つくぞ。

「そうだよね……。才能、ないよね」

 加西はガクッと肩を落とした。

「でも、加西くんは努力をしているし、その努力はきっといつか報われるわ。だから、午後も頑張りましょう」

 そう言うと陣内はスタスタと歩き出した。

 これは陣内なりの励ましだったのだろう。って、素直に頑張ろうでいいじゃねーか。

 でも、加西には十分伝わっていたようで加西の表情はぱぁっと明るくなっていた。


 ***


 昼食を取り終えると、午前の時よりもさらに高いところで滑ることになった。先ほど元気になったはずの加西の顔は、みるみるうちに曇って行った。それは桧倉と西城から見ても丸分かりだった。

結優ゆう、顔色悪いよ? 大丈夫?」

「う、うん。大丈夫……」

「全然大丈夫そうじゃないけど? まぁ、燎太くんと沙彩花ちゃんいるから安心でしょ」

「無理しないでね」

 そう言うと二人は加西に手を振り先に滑り出した。

「んじゃ、俺たちもそろそろ行くか?」

 と俺が加西に顔を向けると今までにないくらいに顔がこわばっていた。

「お、おい。ホント大丈夫か? 無理に滑らなくてもいいんだぞ」

「ううん。僕、滑るよ。せっかく2人が一緒に滑ってくれてるし、さっき、陣内さんに頑張りましょうって言われたから、頑張らなきゃ!」

 加西はストックを持つ手をぎゅっと握り締めた。

「いい心構えね、加西くん。どこかの誰かさんとは大違いだわ」

 どこかの誰かさんと名前は出さなかったが、目では俺だと訴えていた。

「いや、俺だって頑張ってますよ、いろいろ」

 と俺が頑張っていることは何かと思い返してみたが、今具体的には出てこない。

「行くわよ」

 陣内が、そんなことはどうでもいいと言うかのように無感情な言葉が俺に放たれた。この言葉によって俺の思考は一旦停止し、スキーを滑ることへ意識が変わった。強制的に。

 そして俺たちは例の配置で滑り出した。やはり、怖いのか午前中の時よりも滑るスピードは落ちていた。それでも、最後までこけることなく滑りきることは出来た。これを何度も繰り返せば、少しはスピードも出せてくるだろう。そう思いながら3回ぐらいを滑ったころであろうか。何か異変を感じた。

「おい、大丈夫か?」

 俺が振り返って声を掛けたのは俺の斜め後ろを歩く加西ではなくそのまた後ろを歩く陣内だ。そこには内に秘めるように小さな違和感があった。

「ええ。大丈夫よ」

 陣内は大丈夫と言ってそのまま歩き出した。いや、これは違う。本当に大丈夫なら陣内は「何が大丈夫なのかしら? このくらいで疲れるとでも? 人を甘く見ないでもらえるかしら」とか何とか俺に攻撃するはずだ。それをただ大丈夫とだけ言った。きっと何か異変が起き、それを俺たちに伝わらないように隠している。それはいったい何だろうか。

「何をしているの? 早く行くわよ」

 俺が立ち止まって考えていると陣内はいつものように颯爽と通り過ぎた。――と思ったが、陣内の歩く姿を見ると右足を少しかばっているようにも見えた。

「ねぇ? さっきからどうかしたの? 陣内さん、どこか悪いの?」

 斜め後ろを歩いていた加西が俺に追いつき問うてきた。

「悪い。先に行っててくれ。みんなには俺と陣内は先に部屋に戻ったと伝えてくれ」

「え? 陣内さんやっぱりどこか悪いの?」

「ああ。でも、本人が言わないってことはさほど大きなことではないと思うが、一応診てもらった方がいいだろう」

「うん。そういうことなら分かった。僕は1人で頑張るから」

「最後まで見てやれなくて悪いな」

「いいよ。僕、頑張るね」

 加西はニコッと笑うと一人でリフトに向かった。

 すまない。加西。俺もずっと加西と一緒に滑っていたかったよ。

 でも、さすがにけが人を放っておくのは俺の良心が痛む。だから、俺は陣内にこう声を掛けた。

「陣内、俺がおぶって――」

「結構よ」

 俺の優しさを陣内は一瞬にして踏みにじりやがった。

「このくらいなら平気よ」

 陣内はまたリフトに向かってまた歩き出した。

「今は平気でも後々面倒だろ。今、下まで降りて先生に診てもらった方が確実だ」

「けど……」

「明日も遊園地だぞ。桧倉と西城のことだ。かなり歩かされることになる。だから、今日はこの辺にしとけ」

「……そうね。その考えも一理あるわね。あなたがそこまで言うなら言うことを聞くわ。一応これでも班長ですものね」

 そう言うと陣内はくるりと踵を返し、俺の方へ向かって歩き出した。

 陣内に言われて思い出したけど、そう言えば俺、班長だった。ジェントルな班長、俺はもう一度陣内にこう声を掛けた。

「陣内、俺が――」

「だから、結構よ」

 まだ「俺が」までしか言ってないのに……。俺の優しさはこの短期間で2度もぐしゃぐしゃに踏みにじられてしまった。


 ***


 陣内の捻挫は大したことはなく、すぐに痛みも引いていくと保健室の先生に言われた。それからは各々自分の部屋で過ごした。

 まぁ、俺は別にけがなどはしていなかったが、俺らがホテルに戻った後、何かの不具合でリフトが止まってしまい、みんなの元へ行けなくなってしまったので仕方なく部屋で待機することになったのだ。これによってみんなが戻ってくるのも30分遅れてしまい、おかげで夕食も30分遅れだ。もう、俺のお腹がさっきからめちゃくちゃな音楽を奏でてる始末である。

「あ! 燎太! ただいま~」

「おう。さぼり」

 30分遅れて加西と新島がやっと帰ってきた。

「サボってねーよ」

「わるい。冗談だよ。それより、陣内、大丈夫か?」

「ああ」

「そっか。良かったぁ。それにしても、よく捻挫してるって分かったね」

「まぁ、なんとなくだ」

 反射的にそう答えたが、よく考えてみると陣内の捻挫のことは誰にも言っていないはずだ。もしかしたら先生から聞いただけかもしれないが、一応聞いてみた。

「それ、誰から聞いたんだ」

「え? 西城さんだけど……」

 西城? なぜ西城が捻挫のことを知っているんだ?

 俺がそう考えようとしたが、その時お腹が鳴ってしまった。それを聞いた新島と加西がくすくすと笑いだした。いや、新島はもっと笑ってた。

「腹減ったし。早く飯食いにいこーぜ」

 新島がベッドから立ち上がり、部屋を出ようとする。俺たちもそれに続いた。

 部屋から出てエレベーターホールに行くと高咲台高校の生徒がぞろぞろといた。「チーン」と鳴って開いたエレベーターに続々と生徒が入っていく。最後に俺が乗った瞬間、「ブー」と鈍い音が響いた。どうやら定員オーバーらしい。

「先に行っててくれ」

 俺がエレベーターから降りると扉が閉まり、下に降りて行った。次のエレベーターを待っていると、そこに西城が現れた。

「燎太くんは優しいなー。そーゆーとこがるり、好きだよ」

 西城は「好き」と言葉にしながら、そこには何一つ愛情が感じ取れなかった。俺は目だけで「何か用か」と訴えた。

「あ、まだももが準備に時間かかるみたいだから先に出ただけだよ」

「そうか」

 これだけで話は終わったかと思ったが、西城はそのまま会話を続けようとした。

「あ! でもさ、沙彩花さやかちゃんタイミングよかったよね。もう少し気づくのが遅かったらホテルに戻れなかったもんね」

「やっぱり、西城は気づいてたのか」

「まー、痛そうにしてるとこ見てたし」

「じゃあ、なんで声かけてやんないんだよ」

「だって、沙彩花ちゃん、そーゆーの嫌いそうじゃん。プライド高いから、るりみたいなタイプに助けられるのがいっちばん頭に来るんだよ」

 西城はニコニコと笑いながら言いのけた。その笑顔は陣内から醸し出される恐怖とはまた別のものだった。

「それに――」

 西城が何かを言いたけた時、後ろから桧倉と陣内がエレベーターホールに向かってきた。

「遅くなってごめん。……あ、あれ? 燎太、1人?」

「エレベーターの定員がオーバーしたから次の待ってたんだよ」

「あら、人だけでなくエレベーターからも見放されているのね」

 陣内はいつものように俺に毒突いてきた。

「じゃ、じゃあ、燎太も一緒に行こっか」

「いや、俺、部屋に忘れ物したから一回戻るわ」

「そっか。じゃあ、後でね」

 あの時何を言いかけたのは分からないが、西城の作る笑顔の恐怖に、自然と一緒に行くことを拒んでしまった。俺は3人を見送ってまた次のエレベーターを待った。

 夕食はホテル1階にあるレストランで班ごとに座って全員で食事するようになっていた。だから俺たちは男子と女子が向かい合わせのように座る。

 って、これだと合コンしてるみたいじゃねーか。

 だが、俺たちは決して合コンのようにキャッキャするような雰囲気ではなかった。昨日は初日と言うこともあってか少しは楽しげな雰囲気は出ていたはずだ。

 あまり会話には入れてないからわかんないが、うん。多分楽しそうだった。

 しかし、今日は違っていた。なぜか誰もしゃべらない。ただただ黙々と目の前の食事を口に運ぶ単純作業のみを6人は行っていた。

 まぁ、「ごはんは静かに食べなさい!」ってマナーもあるけど、これ修学旅行だよね? しかも、いつも仲がいいはずの桧倉と西城すら話をしないのはいくらなんでも不自然すぎる。何か喧嘩をしたのか? でも、今思えば、エレベーターの時もあまり目をあわせてなかったな。

 俺と同じような違和感を新島と加西も持ったらしく、居心地が悪そうにご飯を食べていた。しかし、この状況に耐えきれなくなった加西がついに口を開きだした。

「あ、明日、楽しみだねー。アニマルスクールワールド、僕、初めていくんだー」

 タハハと笑いながら加西はみんなに話題を振った。

「俺、何回か行ったことあるよ! めっちゃ楽しいよ!」

 新島も必死にいつもよりテンションを上げて言ったが雰囲気はあまり変わらなかった。

 もう何がどうなってんだよ。女子同士の喧嘩なんて俺ら男子がどうしろってんだ。そもそもクラスで友達すら作ったことない俺にはもっとわからん。はぁ。このままだと残りの2日も生きた心地がしないな……。

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