女子の笑顔ほど怖いものはない
俺たちは2年生に進級した。1年の時に行った進路調査票をもとに理系と文系に分け、それでクラスを編成した。しかも、このクラスは3年に進級するときに持ち上がりになる。だから、このクラス替えというのは最後の2年間が充実したものになるのかを決める大きな鍵となる。
らしいが、俺には関係ない。どこにいようが俺は一人でいるのみだ。
クラス替えで盛り上がっている人たちの間をすり抜けて、やっと掲示板にたどり着いた。俺は今年もA組だった。
A組の教室に着くと見覚えのある顔がいくつかあったが、やっぱり名前は分からない。きっと向こうも同じだろう。だが、よく見ると見覚えどころかはっきり名前もわかる人物もいた。それは、
***
新学期初日は特に授業もないため午前中で終わる。みんなはそれぞれ部活に行くが、俺たち帰宅部は
そもそも俺、ほかのみんなが何組か知らないし。
「みんな~、久しぶり~」
俺がそんなことを考えていると
「
「あ、もしかして、桧倉と
「うん! それで、
桧倉と加西、同じクラスだったのか。いや、それよりも、新島って同じクラスなの? 今日見た記憶ないぞ。俺。
「燎太、またよろしくな」
「お、おう」
え、やっぱり見た記憶ない……。
そして、俺たちが話をしているところにいつものように三宅先生はやって来た。
「みんな、元気にしてた?」
「あ、
「う~ん。これは決められたことだからな~。ごめんね。それよりも、春休み中にけがしたって聞いたけど、新島くん大丈夫?」
「もう大丈夫です。さっき病院で診てもらったんで」
「そうだったの?」
加西は心配そうに新島を見つめていた。
「まぁ、大したけがじゃなかったんだけど、親がもしかしたら春休み中に治らないかもとか言って学校に連絡したからなんか変に心配されてさ」
笑いながら新島はけがをしていた腕を曲げたり伸ばしたりして見せた。
あ。だから見た記憶がなかったのね。納得。
俺が納得をしていると、A組の教室の前を通っていた人が俺を見るなり声を上げて近づいてきた。
でも、最近見たような……。
「今朝はありがとう。同じ学年だったんだね。しかも、ももの友達だったなんて! これって、運命かも!」
なんだこの慣れ慣れしい人は。運命感じないから。そもそも誰だ? 今朝? ……あぁ、もしかして学校までの道のりを聞いてきた人か。
「るり! 燎太のこと知ってるの?」
「うん! 転校したばっかりで途中迷子になっちゃって……。その時ちょうど通ったから聞いたの!」
「そうだったんだね」
「桧倉、もしかして転校生?」
「うん。そうそう」
「あ、自己紹介してなかったよね。私、
うちに転校生なんて来ていたのか。知らなかった。まぁ、クラス違うし関わることも少ないだろう。
「西城さん、学校の案内とかしてもらった?」
「いいえ。まだです」
「じゃあ、この子たちが案内してくれるから!」
え。勝手に決めないで。って、もう今更か。
「いいんですか! じゃあ、よろしくです!」
2年になって帰宅部の初仕事は西城に学校案内をすることになった。
***
一通り学校を案内し、ついでに簡単に部活の紹介もした。
「箏曲部もあるんだね。どれも魅力的なんだけどさ、ももたちはいったい何部なの?」
その質問に全員が言葉に詰まった。この部活を何と説明したらいいものなのか誰も分からなかった。
「えーっとねー。なんて言うか……ね」
桧倉は隣の新島を見た。
「そもそも正式な部活なのかも怪しいしな」
新島もそう言いながら加西を見た。
「き、『帰宅部』って言う名前ではあるんだけどね……」
加西はウルウルとした目で俺を見てきた。
そんな目で俺を見つめないで! 目を合わせてしまったら好きになっちゃうから!
俺はすぐに目をそらした。その目をそらした先で陣内と目が合ってしまった。陣内の目は鋭く俺を見ていた。
こわい。これ、眼で殺される勢い。
俺は陣内からも目をそらして下を向いた。
「ここは、部長である
そう言って、陣内は俺に笑顔を向けた。
いや、これは笑顔なんてかわいいものではない。だって、眼の奥が笑ってないもん。威圧感半端ないもん。
「はぁ」
俺は仕方ないので『帰宅部』の説明をすることにした。でも、本当になんて言えばいいんだ?
「一応『帰宅部』という名前で活動しているが、やっていることは雑事だ。いわゆる、学校のパシリというやつだ」
俺の説明を受けた西城はいまいちピンと来ていない様子だった。
そりゃ、そうだろう。普通に考えてあり得ない部活だ。
「なんでそんな言い方するかな~。もっといい風に言ってよ!」
「いや、事実だろ」
「そうだけどさ~」
「『帰宅部』って普通放課後に帰るものじゃないの?」
「俺らもそう思って入った。しかし、あの三宅先生に騙されたんだ。現に、今こうして西城を案内しているのも三宅先生に言われてやっていることだ」
「た、確かにそうだったね……。じゃあ、るりもその『帰宅部』に入れるの?」
「残念ながら、部員の募集は行っていないの」
「なんで?」
「本来なら存在しないはずの部活なの。それを今回三宅先生が特例で発足したものだから部員の募集は行わないことになっているの」
「なんだか訳わかんないけど、ま、いいや。るり、テニス部に入るから」
「るり、ごめんね」
「いいよ。でも、遊びには来させてね。るり、燎太くん気に入ったから」
そう言うや否や、西城は俺の腕を組んできた。俺が離れようとすると西城は今までとは違う小悪魔のような笑みをこちらに向けてきた。
え、何。俺、何かした? 怖いんだけど。
みんなも呆気にとられていたが、一人、陣内は鋭いまなざしを西城に向けていた。
あ、陣内、こういうタイプ苦手そう……。
***
それからというもの、西城はしょっちゅう放課後に2年A組の教室に来るようになった。というか、今年も帰宅部の集まる場所はA組の教室に決まったらしい。確かに、5人中3人がいるところに集まるのが妥当と言える。
「って、テニス部に入ったんじゃねーのかよ」
「うん。テニス部に入ったよ」
「だから、なんでここにいんだよ」
「だって、ここでおしゃべりするの楽しいんだもん。ね、もも」
「楽しいけど、ほんとに大丈夫?」
「大丈夫! 大丈夫! 4時半くらいに行けばちょうどいいから」
それ、完全に準備さぼってるだろ。
西城は放課後になるとうちに顔を出し、4時半になったら一応テニス部には行っているらしい。そして、今日も4時半までここで時間を潰す気だ。それがどうやら陣内には気にくわなかったようだ。
「西城さん。あなたがテニス部の準備をさぼるのは自由なのだけれど、ここで時間を潰すのはやめてもらえるかしら。ここも部活動をしているのよ」
「ただ教室で自由にしてるだけじゃん」
陣内が言うことも正しかったが、西城が言うことも正しかった。
「三宅先生が仕事を持ってこない限り、これが私たちの活動なの。仕方ないわ。でも、あなたは部員ではないただの部外者よ。テニス部ならテニス部の活動をしなさい」
そう言うと陣内は読んでいた本に目を落とした。もう、これ以上の会話はしないと言わんばかりだ。西城もこれに言い返せず、一瞬陣内を睨むとすぐによそを向いた。
うわ~、何この二人。合わなさすぎでしょ。まぁ、そんなことは初めから分かりきっていたけど。
しかし、この張り詰めた空気を壊したのは、1人の来訪者だった。
「あ! るり先輩、こんなところにいた~。もう! 探したんですよぉ」
「
「今日はコーチが来るから早く来るように言われたじゃないですか~」
「そうだったっけ? ごめん。忘れてた」
「そうですよ! もう! 先輩行きますよ!」
そう言うと座っていた西城の腕を引っ張った。両腕で引っ張ることで胸が引き寄せられ、大きな胸はさらに強調された。
いや、別に、ずっと胸を見てたわけじゃないからね。たまたま目が行っただけだから。強調してきたあっちが悪いんだ。
「んじゃ、そーゆーことみたいだから、今日はもう行くね。また明日ね~」
西城は教室を出る前に振り返って笑顔で手を振った。それは陣内にも向けられていた。もちろん、陣内は見向きもしないかったが。
でも、たぶん、「明日ね」と言ったからまた来ますよこの子。
「お騒がせしてごめんなさい。私、るり先輩の後輩の
敬礼をしながらウインクをすると、その後輩とやらは教室を出て行った。
ってか、あざとすぎるだろ。まじで。俺の中であの子はビッチ認定されました。
***
そして、この1週間後にこのビッチな後輩は新島の彼女になった。
ほんと、やることが速いデスネ。
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