2  灰と青春のポップンミュージック

■灰と青春のポップンミュージック


 学生時代、カバンにドラムのスティックを入れて持ち歩いていた。

 バンド活動に血道を上げていたからだ。


 学業に何の意味も見出せず、大人になることに少しの期待もしていなかったあの頃、私は日常の怒りとやるせなさをただただドラムに叩きつけた。将来への希望なんてカケラもなかった。いつかこんな灰色の青春をくぐり抜け、一流のドラマーとして日本武道館に立つことだけを夢に見ていた。


 嘘です。


■ドラムマニアが好きだったから


 ドラムマニアというゲーム。知っているだろうか。

 ドラムを叩けるゲームだ。そのままだ。


 画面上から落ちてくるバーにタイミングを合わせてドラム型のコンソールを叩くことで、演奏に合わせてドラムが弾けるというゲーム。


 90年代後半、ちまたではビートマニアとダンスダンスレボリューションの台頭により音ゲーブームが来ていた。


 それまでゲーセンは不良の溜まり場というイメージがあり、私も決して一人では近寄らなかった。


 しかし90年代後半から00年代に掛けてイメージが変わった。

 一般人がビートマニアをかっこよくプレイしたりダンスダンスレボリューションを見事にプレイできることは一種のステータスだった。


 ビーマニシリーズが生まれ、ギターフリークス、ドラムマニア、キーボードマニアといったゲームが次々にゲームセンターに現れた。残念ながらキーボードマニアは人気がなかったのかシリーズ3作で終了してしまったが、名曲は多かった。


 シリーズの中には若年層をターゲットにしたポップなポップンミュージックというゲームもつくられた。なお主人公の二人は当時一世を風靡ふうびした女性デュオ、パフィーのパク(自主規制)


■音ゲーとの出会い


 私は高校入学頃からゲーセンに入り浸るようになった。

 それまでは不良の溜まり場だと思い込んでいたし、行きたくともお金がなかった。


 中学時代のお小遣いは古本で買う小説と月刊少年ガンガンに消えていたからである。ところで当時、個人で経営する小さな本屋が文庫を十円で投げ売りしていた。人気が高く、古本として多く出回っている作品ほど安かったので名作を随分と安く読ませてもらった。

 だから古本屋のせいで本が売れないと問題になっても私は古本屋を敵視できない。図書館と古本屋は当時の私からすれば楽園だった。


 話がそれた。

 高校に入りバイトをするようになったので、多少は遊べるお金ができた。

 地元のゲーセンには中学時代の友人が入り浸っていたので、バイトが終わるといつもゲーセンに行った。


 今はもう潰れてしまったが、ゲームインパラダイス向ヶ丘遊園店(インパラと呼んでいた)という名の店。


 その頃には音ゲーブームも一段落したのか、遊んでいるのは一般人よりもゲーム好きの人達が多かった。友人のI君がドラムマニアを遊んでいるのを見て、すぐに興味が出た。大好きだったゆず、布袋寅泰、ブルーハーツの曲が何曲も入っていた。


 I君に勧められるまま、ドラムマニアを遊んでみる。たった一度で、私はひきずりこまれた。

 無我夢中で百円玉を消費した。月に四、五万円のバイト代はすべて書籍とゲームと飲み食いに消えた。ファッションなんぞに使う金は一円足りともなかった。お察しの通り異性からは見向きもされない学生時代だった。


 とにかく、ドラムマニアに遊んで、ハマった。

 ただ、筐体きょうたいの付属ドラムスティックは盗難防止のヒモが付いていて叩きにくい。

 私はその日のうちに楽器店で本物のドラムスティックを買った。


 それからマイスティックをいつもカバンに忍ばせて、ゲーセンで得意げに取り出してはドラムマニアを叩いた。


 頭の中はドラムマニアでいっぱいだった。


■ポップンミュージックはオタクっぽくて嫌いだった


 私はどう考えてもオタクなのだが、80年代はオタク=ロリコンの人殺しと考えられていた時代だ。

 時代の逆風をモロに受けた世代ではないが、オタクが忌避されるものだとなんとなく感じていた。


 中学に入るとそれまでふつうにアニメやゲームの話をしていた友人たちが急によそよそしくなったり、疎遠になったり、挙句に喧嘩したり絶交するのだが、今日は書かない。


 とにかくオタクっぽいものは忌避していた。

 異性に見向きもされないクセに他人の目ばかり気にしていたから、オタクだと思われるのを恐れていた。どう考えてもオタクなのにね。


 だからやらなかったのだが、ある時デモ画面で流れた曲が強烈に頭に残った。


■振れない


 その曲は出だしからバンババンバンとやかましい曲だった。やかましいが良い曲だった。

 力強い歌声と切り裂くようなかっちりしたリズムと独特のセクシーな歌い方がストライクゾーンにずばんと入った。もう一度聴きたいと思って、私はすぐに百円玉を投入した。I君に教わりその曲を選んだ。


 fashionという曲だった。


 音楽に合わせてボタンをバチバチ叩くのは楽しかった。当たり前だ。好きな音楽に合わせて手拍子、足拍子をしてみればいい。楽しいに決まっている。

 私はありったけの百円玉を注ぎ込んで、何度もその曲で遊んだ。


 自分のファッションには一円の金もかけないクセに音ゲーのfashionにはポケットの百円玉をつぎ込んだのである。


 その日から私は夢中になってポップンミュージックを遊んだ。ちょうどアーケードで8が出た直後だった。

 夢中で遊び、中古ゲーム屋で家庭用ポップンミュージックを買い、家ではプレステのコントローラーで遊んだ。友人のI君が3万円もする家庭用アーケードコントローラーを買ったと聞いた時は遊びに行って叩かせてもらった。


 10代の、何をやらせても一番のびしろがある時をとにかく音ゲーに注ぎ込んだ。わずか数ヶ月でめきめき上達した。当たり前だ毎日やっていたのだから。


 ポップンミュージック9が出る頃には最高難易度の曲もほとんどクリアできるようになっていた。記憶が正しければオイパンクEXが当時としては鬼畜の難易度だったと思う。


 そうして音ゲーに極振りした青春の経験値が本物の楽器に向かい、私はついにドラマーとしての才能を開花させたのだった、らいいのになぁ。


■ゲームなんて時間の無駄じゃないか。何の役に立たないし。


 言われてムカつく言葉ランキングをつくったら間違いなくトップ3に入るであろうこの言葉。


 いいか、俺は誰かの役に立つ為に生まれて来たわけじゃねえ。自分の人生を磨き上げられたクソみてぇに輝かせる為に生きてるわけでもねえ。俺は俺が満足する為だけに生きてるんだ。俺が楽しいと感じるなら役に立つかどうかなんてどうでもいいんだ。だいたい何の役にも立たねーから無駄だってんなら俺の役に立たねえお前は今すぐ俺の前から消えろ。


 と、心の中では小説の主人公のようにかっこいいことを考えているのだ。角が立つとアレなので言わないのだ。


 でも、無駄なものを全部この世から消していったらずいぶん寂しい世界になると思うんだけどなぁ。


■たしかに何も残らなかった。


 高校卒業以来、I君とは会っていないしゲーセンにも行っていない。

 あれだけハマったfashionの歌手は盗作疑惑で表舞台から消えた。

 ゲームインパラダイス向ヶ丘遊園店もいつのまにか閉店していた。


 結局は何も残らなかった。

 でも、別にいい。


 少なくとも、あの頃感じていた喜びは私の思い出になった。

 灰色の青春が血肉となり、こうして指先を通じて作品に注がれるのなら極振りした経験値も無駄ではなかったはずだ。


今日はここまで。

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