第014話:美雨 in 叶恵
「まあまあ、怒らない怒らない。八坂が言ってること、わかるよー。私たちだけが例外って考えるの、ヘンだね、うん」
放課後にもっかい集合した私たちの話は、何だかとんでもないところにまで吹っ飛んでいた。そして、八坂成仁が言い張るには夫婦だったというこの二人――八坂と朋代ちゃん――は、なーんか、ツンツンしてるような雰囲気になりやすい。急なこと言われちゃった朋代ちゃんのほうが、意識しすぎてんのかな。
そんな朋代ちゃんが、頭ガリガリしながら、仏教だの何だの言い出した。それ、私に向かって言われても困るんだけどー。ちょっと場を仕切り直したいかも。ってことで、学校を出ようかと提案してみたら、朋代ちゃんはすぐにうなずいてくれたし、八坂も同意してくれた。ったく、元はといえば八坂が小難しいことゴチャゴチャ言い出したせいだかんね。
「具体的なToDoは何も出せそうにない。せいぜい、俺たちと同じ境遇の人間を、周囲に見つけることができたら、共有し合う、ということくらいか」
私たちと同じ境遇かー。カナエも、私と同じように、他の誰かの身体の中に入っちゃったのかな? 私みたいに、運良くすぐにこうやって誰かと分かり合えてたらいいんだけど。一人で孤独な感じになってたら、つらいだろなあ……
「カナエ……、私じゃない大内叶恵が、どうなっちゃったのかっていうのは気になる。校内にいるのかな」
「そうだな、気になるな。それでいえば……、2001年時点で中学生である八坂成仁が、俺の記憶通りに生きているのか、その中身が、この時代の俺本人なのか、というのを確かめておきたいところだ」
あー、そっか、八坂成仁も、八坂成仁の身体があるはずなんだ。案外、そっちにカナエが入ってたりしたら、分かりやすくていいのに。じゃあ、八坂成仁に会いに行こうよ! って、言おうとしたんだけど、
「そうねえ……、脳外科に行って診てもらうにも、まともに取り合ってもらうための論理展開を少し考えておきたいもんね」
とか朋代ちゃんに言われると、あー、って気持ちがしぼんだ。八坂成仁に会いに行って、何て声かけるの? っつーことだよね。カナエだったらいいけど、もし違ってたりしたら、私らチョー怪しい高校生三人組ってことになっちゃうじゃん。そりゃダメだ。
「ToDoは、考えること、か。今朝から今までたっぷり考えてきたつもりではあったが、まだまだ足りないとは」
「そりゃ、こんな状況じゃーねえ」
「それもそうだな。だいぶ脳の糖分を消費したよ。そろそろ帰って一休みしたい。寝て起きたら、夢でしたというオチを期待しておこう。それじゃあな」
と言って一人で帰ろうとする八坂。って待て、おい、言い足りないことが山ほどあるんだけどー? と、背中を睨んでいると、私より早くに、朋代ちゃんが呼び止めてくれた。
「あ、そんなら、せっかくだからさ、ファミレスでも寄ってかない? パフェ食べたい。糖分とれるよ」
パフェ! すさんだ心に、うるおいの響き!
「おー、パフェー。いいね」
「せっかくこうして話し合うきっかけができたんだしさ、運命共同体みたいな? 友だちになろうよ」
「うん、そりゃーもう! よろしくね、朋代ちゃん」
隣のクラスの高野朋代。こんなことでもなければ、話すきっかけも全然なかったけど、うん、いい子そうじゃん。良かったー。……で、だ。肝心の話はここからだからね? と、八坂に視線を合わせてやる。
「八坂には、私の身体の取扱方法を、テッテー的にたたっこんでやるから、覚悟しといてよね? アンタは既に、私の身体で女子トイレに入っているという大罪を犯しているわけだからね?」
こん時の八坂の顔、写メっときゃ良かったって思ったよ。
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そしてファミレスで、私はおおいに悩むことになった。
「うぐぐぐ……」
「どうしたの?」
私の隣に座る朋代ちゃんが、顔をのぞきこんできた。向かいに座る八坂は、首を傾げている。それが私の顔だってんだから、なんか憎むに憎めない。っていうか、座る位置間違えたかも。八坂を隣にしとくんだった。何で自分の顔と向かい合ってんだろ。はぁ……。
「いやー。八坂ってさ、私の身体を見放題使い放題になってんじゃん?」
「不届きなことを言うな。見放題はともかく、何だ使い放題って……」
「手よー、動けー、って思ったら動くでしょ」
「そりゃ動くわ」
「使い放題じゃん」
「そういう意味かよ! 紛らわしいわ!」
「何と紛らわしいって?」
「くそっ……、口の減らねえやつだ……」
「で? 見放題使い放題だから、どうだっていうの?」
さっきまで怒ってピリピリしていた朋代ちゃんは、ドリンクバーでコーヒーを飲み始めてからすっかり落ち着いていた。何か大人っぽい。ブラックでコーヒー飲んでるとか、すごい。前に試してみたことあるけど、ニガくてマズかった記憶しかないんだけど。
「そうそう、見放題使い放題だからさー。ムカつくじゃん? 私の身体なのに」
「そりゃまあ、いい気はしないよね……、っていうかぶっちゃけキモかったりしない?」
「おい。何て言い草だ」
「あー。うーん、そこんとこなんだけどさ、実感は湧かないんだよね。八坂がオッサンだっていうの。だって、見たことないんだもん、その姿」
っていうと、どういうこと? と、朋代ちゃんは先を促してくれる。聞き上手なおねーさん感すごい。頼れるなあ。やっぱり、本当に、朋代ちゃんの中身は、13年後の朋代ちゃんなんだなあ。
「三十路はオッサンじゃない。お兄さんだ。……苦しいな、自分で言っててつらくなってきた」
それに比べて、さっきからツッコミばっか入れてくる八坂が、ますますウザくなってきた。あー、もう。
「その声だってさ、私の声なわけじゃん? まあ、なんか、ビデオとか撮られてる時の私の声で、違和感ありありだけど。……だから、その、よくわかんない、っていうか、頭じゃわかってるんだけど、実感としては、ほんと、なくって。三十代の男性が、私の身体の中にいる? みたいなのが、さあ」
「一応ことわっておくが、まだ二十代だ」
「どっちでもいーじゃん」
細かいところこだわるよなー、こいつ。今の本題、そこじゃねーだろ、って。よく結婚できたな、とか思っちゃうのはさすがに失礼かな。未来の奥さんになるらしい人を横にしといて。蓼食う虫も好き好き? ってことわざだかなんだかあったっけ。
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、生理的にキモがるほどには嫌じゃないけれど、でも、理屈としては嫌だ、っていうこと?」
「だいたいそんな感じ」
「それで? 最初の話に戻ると?」
「ムカついたからさ。パフェ、奢らせようと思ったんだけど」
「うんうん」
「よく考えたら、それで消費されるのって、私のお財布の中身じゃん、って気づいてさ」
「「あー……」」
そこ。またハモんな。
「いつ、元に戻んのか、わかんないけど。浪費させるのは、なー、って……。だから、パフェ、安いのにしとこうか、高いのにしとこうか、どうしようか……、悩んでる」
「それで、注文まだだったのか……」
あー、もう。私の顔で呆れたような溜息をつくんじゃない。しょーもないことに悩んでるとか思ってんだろうけど、でも、一大事なんだからね、これ。
って、ふくれっつらをしてると、八坂が大人ぶったことを言ってきた。
「分かった分かった。じゃあ、俺が奢ってやるから」
「だーかーらー、それ、私の財布だって言ってんでしょ! 話聞いてた!?」
「いや、ごめん、色々と考えていたから、話半ばくらい」
「むっかー! もういい! 知らん! 季節限定キャラメルソースのスペシャルサンデー頼んでやる!」
本当はそれが私のお財布だろうけど、今は今だ! 今の私の持っているお金が減るわけじゃないから、もう何も考えないことにする! やけ食いする!
「……とりあえず、注文しよっか」
冷静に注文ボタンを押している朋代ちゃんの姿が、ますます年上のおねーさんに見えてきた。
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