第013話:成仁 in 美雨

「私は、久留名美雨。で、大内叶恵の身体に入ってる。昨日は2001年9月13日。今日は2001年9月14日。特に、時間がどーのこーのってことは、ない。八坂成仁。2017年9月9日が昨日だと言ってる。年はもちろん、日付も何かズレてる。朋代ちゃんは、昨日は2014年9月10日だと言ってる。八坂と年が違う。日付が近い」


 放課後、再度の中庭での集合。

 意気揚々とまとめ役を買って出てくれた真の久留名美雨は、途中、ことばを詰まることもなく、一気に話しきったようだ。そこに俺は続き、日付がズレていることの原因として、閏年説を挙げてみた。

 2014年までの間には、2004、2008、2012、と、3回の閏年がある。そして、2017年までの間には、加えてもう1回。それぞれ、3日・4日間の日付差と符合するものだ。

 これに対して、真の久留名美雨が、次のような質問を投げてきた。


「あー、っとー、つまりー? んー、365日の倍数で日付を移動してきた、ってこと?」


 ここで彼女が言うところの「日付を移動してきた」というのは、時間の遡行を空間的表現に喩えた言い方になる。まあ、生まれつき盲目で視覚経験がない場合を除けば、視覚的なイメージを脳内に浮かべて思考することに頼ってしまうものである。どうしてもそう言いたくもなるのは分かる。余談だ。


 しかし、閏年説の不可解さは、次の点にある。すなわち。

 地球の公転は、おおよそざっくり365.24日とされるが、これは、自然現象を人間の認識に合わせやすいように恣意的に分割しているに過ぎない。


「であるのに、365という数字が出現してくるのは、まったくもって不可解だ」

「私たちの遭遇している現象は、公転とは一切関係ない、見かけの因果、ってことね?」


 その通りだ、さすが朋代。将来の俺の嫁。……いや、この言い方、キモイか? だが、本当にそうなんだよ……。


 ちなみにこの「見かけの因果」というのは、本来は相関関係がないはずの二者間が、相関関係にあるものと錯誤されてしまうことをいう。疑似相関という呼称でも通っている。

 ものすごく分かりやすい具体例としては、雨乞いの儀式をしたから雨が降った、とか、か。会社行きたくないから電車止まれと願っていたら大雪が降った、というのでもよい。ただしこの場合、大抵、いつも以上に苦労しながら結局は会社に行くハメになるだけだ。社畜乙。


 とにもかくにも、俺の考えてきた閏年説は、日付のズレについてを見かけの因果としては説明できるが、それ以外については何も言えない。何故、これだけの年を遡行したのか、ということも分からない。

 そもそも、時間は不可逆のはずだ。不可逆だ、という前提に、21世紀はじめの科学的共同体は概ね拠っている。ああ、プリゴジンでももう少し読んでおくべきだったか……。


「朋代ちゃんは? 何かある?」

「全く心当たりがない、というのが、一つ分かっていることだと思うよ」


 うん? 腕を組んで悩んでいるところ、朋代が一つ核心を衝いたようなことを言った。デカルトみたいなことを。


「つまり、このよく分からない現象の原因が、私たち三人に起因するものではないはず、ということ。要はさ、小説とかゲームとかの話であれば、人の想いが現実になる~、みたいなのって、あったりするわけじゃん」

「あるのか?」

「あるのよ、そういうお話が」


 ……少なくとも、朋代と一緒に観たことのある映画には、なかった話だな。まだまだ知らない妻の側面がたくさんあるものだ。


「で、私って別に、高校の頃に戻りたいなー、って願ってたわけじゃ、全然ないし。ここまでのそれぞれの話しぶりを思い返してみても、全員、不本意なわけでしょ。八坂さん? で呼び方いいかな。八坂さんだって、可愛い女子校生になりたい願望が強いとかないでしょ?」

「ねえよ」


 あるわけないだろ。……そういや昔、ネトゲでネカマやってたやついたな。そういう趣味、というか世界があること自体は、否定しないが。ちなみにそいつは見事にギルドクラッシュしてくれた。踊らされる方も踊らされる方だとは思う。もちろん、分かった上でそれに乗っかって楽しむのも、度が過ぎなければいいだろう。何だか上から目線で俺は何様なのだろうか……。


「美雨ちゃんも、大内叶恵さんに憧れてたとか、ないでしょ?」

「ないねー」

「だから、少なくともこの三人の話し合いで原因を突き止めるのは難しいだろうな、ということは、分かってることとして挙げていいんじゃないかと思ったのです」


 なるほど、と思わされた。と、同時に、俺はあることに気づいた。思考が狭かったのだ。考えるべき対象サンプルとして、この3人しか認識になかったから致し方ない、といえばそれまでではあるのだが。


「そもそも、だ。この不可解な、人の入れ替わり、時間移動と称するしかなさそうな事象が入り乱れているこれらの現象に巻き込まれている……、暫定的に、巻き込まれている、と言っておくが……、それが、俺ら三人だけ、とは限らないわけでな」


 と言った俺に対して目を向けてくる二人の表情が、面白い。豆鉄砲をくらった鳩そのものだ。ちなみにそんな鳩は見たことない。


「世界中、つまり、この地球全体、いや、宇宙規模で起きている可能性をこそ念頭に置いておくべきなのではないか、と考えたのだが」

「ちょ、ちょっと、待って。宇宙規模? はい? いきなり話のスケールがハリウッドすぎない?」


 何だそのハリウッド過ぎないって。ハリウッドって、一つの単位なのか。あまりハリウッドじゃない。普通にハリウッド。めっちゃハリウッド。って感じか。用法を鑑みるに、妙にしっくりくるな。認めよう。


「こんな、一つの島にいる、指折り数えられる数の小生命体、しかもざっくり顔見知り同士だけが、超ピンポイントに不可思議現象に巻き込まれている、と考える方がフィクションだろう。それこそ、昔の特撮か。何で世界征服を企んでいるのにそんなどうでもいいビル壊して満足してるんだよって感じの特撮か」

「あーッ!? アンタ、何、さりげなく、じゃない、堂々と特撮バカにしてんの!? 曲がりなりにも私の旦那さん詐称するなら、私が特撮好きってことくらい知ってんでしょー!?」


 しまった。朋代の地雷を踏んでしまった。朋代は確かに特撮大好きで、毎週土日には、朝から古今東西の色々な特撮をみせられたものだった。面白いものがたくさんあったことは認めるが、それにしても、科学的考証が断然足りていない点にばかり目がいってしまうものだった。その時に積もっていた気持ちが、今、さりげなく噴出してしまったらしい。


「いや、その、すまない、だが、そういうことで、だな、あー……」

「まあまあ、怒らない怒らない。八坂が言ってること、わかるよー。私たちだけが例外って考えるの、ヘンだね、うん」


 取りなしに入ってくれてありがとう、真の久留名美雨。最初は、チャラいギャルみたいなやつだなと思っていたことを詫びよう。賢いぞこの娘。


「んー、じゃあ、ナニ? 仏教だかニーチェだかが言ってる永劫回帰的なやつが大宇宙に発生して、私たちを含めた何人かは、前の宇宙からの記憶を引きずってる的な? そんなSFが起きちゃったって?」


 頭をガリガリ掻く朋代の投げやりな台詞は、しかし、的を射ているように思えた。あくまでも時間が不可逆だということを真とするなら、それは採用すべき説の一つだ。しかし、この場合、時間とは何かということを、我々はあまりにも知らなすぎるというのが難点か。


「あー、うー? 仏教とか永遠とか朋代ちゃんの言ってることはよくわかんなかったけど、とにかくさあ、今、言えるコトってこれくらいね? じゃ、あんま深く考えても、もうどうしようもないし、今日はもう学校から出る?」


 話が袋小路に行き詰まってきたのを見て取ったか、真の久留名美雨が、始めと同じくまとめに入ってくれた。精神年齢としては、一番年下のはずなのだが、本当に存外しっかりしている。あるいは、精神年齢なんていう概念が、妄想なのかもしれないが。

 話していたのは、30分程度ではあるから、まだまだ太陽は明るく照っている。しかし、9月の半ばはまだまだ暑い。体力的に、三十路男性にはなかなかきついものがある。……いや、今はティーンの女子高生だったか……。


「んー、そうだね、帰ろっか」

「そうしよう。具体的なToDoは何も出せそうにない。せいぜい、俺たちと同じ境遇の人間を、周囲に見つけることができたら、共有し合う、ということくらいか」

「カナエ……、私じゃない大内叶恵が、どうなっちゃったのかっていうのは気になる。校内にいるのかな」


 それについては何とも言えない。単純な「入れ替わり」ではないことが明らかであり、法則性が全く見えてこない以上、気休めを言ったところで無責任なだけだ。が、すげなくあしらうのは、この先のコミュニケーションに支障が生じそうだ。ここは無難に話を合わせておこう。それくらいの処世術と分別を身につけているくらいには三十路サラリーマンだ……――我ながら哀しいな――……。


「そうだな、気になるな。それでいえば……、2001年時点で中学生である八坂成仁が、俺の記憶通りに生きているのか、その中身が、この時代の俺本人なのか、というのを確かめておきたいところだ」


 とは言ったものの、これを確かめるには、なかなか苦労しそうだ。実家の電話番号なんてもはや覚えていないし、この当時は携帯電話の個人所有なんぞ、とてもではないけれどしていなかった。電話帳……、載っているのか……? 直接、会いに行くというのもやってやれなくはないが……、いや、何て話を切り出すんだ?


「そうねえ……、脳外科に行って診てもらうにも、まともに取り合ってもらうための論理展開を少し考えておきたいもんね」


 考え込んでしまった俺に次いで話し始めた朋代も、やはり俺と同じところへ行き着いてしまう。そうなのだ。同じ状況に陥っている俺達以外に、どうやって話を通すのか……。冗談を言っているようにしか聞こえないからな……。


「ToDoは、考えること、か。今朝から今までたっぷり考えてきたつもりではあったが、まだまだ足りないとは」

「そりゃ、こんな状況じゃーねえ」

「それもそうだな。だいぶ脳の糖分を消費したよ。そろそろ帰って一休みしたい。寝て起きたら、夢でしたというオチを期待しておこう」


 それじゃあな、と、背を向けて帰ろうとした俺は、2秒もしないうちにすぐ呼び止められた。結婚した者同士なのだから、朋代の性格は知ってはいるつもりであったが。


「あ、そんなら、せっかくだからさ、ファミレスでも寄ってかない? パフェ食べたい。糖分とれるよ」

「おー、パフェー。いいね」

「せっかくこうして話し合うきっかけができたんだしさ、運命共同体みたいな? 友だちになろうよ」

「うん、そりゃーもう! よろしくね、朋代ちゃん」


 この期に及んで、何を呑気なことを、と思わされた。が、真の久留名美雨にとっては、ここからが本題だったようだ。朋代に向けていた笑顔から急転直下、俺を睨み付けるようにして、こう言い放ってきた。


「八坂には、私の身体の取扱方法を、テッテー的にたたっこんでやるから、覚悟しといてよね? アンタは既に、私の身体で女子トイレに入っているという大罪を犯しているわけだからね?」


 ……遺書の一つでも用意しておこう。

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