第012話:朋代 in 朋代

「君……、私の未来の旦那さんなわけぇっ!?」


 と叫んだ私の声が、今なお耳に残響し続けているそんな放課後、皆さんいかがお過ごしでしょうか。私は、五時限目・六時限目と、ずっと心ここにあらずで――や、どのみち高校の授業、椅子が固くてつらいわームリだわー集中力続かないわーコーヒー飲ませてよー状態は不可避だったと思うけれどね――早いところこの現象の正体を突き止めて2014年に帰りたいなーと2014年シックになっております。嗚呼、恋しきかの時代。


「恋しき、かあぁ……」


 はふぅ、と声に出してしまったら、それを聞きつけたリョーコが、何だ何だ恋の病か、とかテンプレ的なことをのたまってきたモンですから、そんなリョーコを放置してサッサと教室を出ることにした。部活どうすんのー、と言われたんだけれど、私って高校の頃、独立帰宅研究会とか称して部活無所属だったんだけれどなあ……。それを知らないリョーコでもあるまいに。


---


 階下へ降り、中庭へ行くと、既に2人はそこにいた。大きな大きな樹の下でー。かーたーなーとーたーわーしー。ってな。職人がたわしで刀を研ぐ。カッコイイ。……イイか?


「お疲れサマーです」

「お疲れ様」

「……何そのあいさつ」


 社会人としての常識的な挨拶に対して、何の違和感もなく条件反射的に返してくれた一人に対し、思いっきり顔面に皺を寄せているのが一人いる。そちらに対して軽くぺこりとお辞儀してみた。


「お世話になっております、高野朋代です」

「はぁ?」


 やっぱ明らかにこっちの子はリアル女子高生だね。ネタが通じない。


「こちらこそお世話になっております、久留名美雨の皮を被った八坂成仁です。どうぞよろしくお願いいたします」


 対してもう一方は、明らかに社会人ね、しかもホワイトカラー。


「何、何、何なの、急に加齢臭がし始めたんだけど」

「失礼な」


 何をほざくかい小娘よ。今の君が馬鹿にしている私は、明日に馬鹿にされる君なのだよ。ふぅ、と息をついて彼女の横に腰掛ける。


「みうみう」

「マジでそのだっさい呼び名にすんの?」

「ハイハイ、じゃー、美雨ちゃんね。さっきのお話、咀嚼してきたよ、何とかね。率先して整理してくれて、ありがとね」


 慌てふためく自称大人2名に比べて、冷静さを保ってくれていた彼女は頭が回るなと思った。さすがウチは進学校なだけあって、ベースで知的能力の高い人間が集まっている。校風が女子校なのに割かし自由なので、幼稚園や小学校の時分で受験してエスカレーターに乗っていたけれども、堅苦しいのがウザったくなって高校からこっちに鞍替えしてくる子も多いという。リョーコもそのクチだ。大概、そういうドロップアウト――あえてこの単語を使うけど――組っていうのは、ネジがちょっと緩んでて、性格的にちょっとアレなのが多いんだけれど、でも、スゴイ。一芸にも三芸にも秀でている。私は残念ながら、この高校の中じゃ凡俗組なので、舌を巻いて「ふへぇー」と言っているモブ子ちゃんに過ぎなかった。のに、何の因果か、変なことに巻き込まれてしまったものだ。


「ん、どういたしまして。ふたりともさー、状況整理してきた?」

「「してきた」」

「って、私が仕切るのも何か変な感じがするけど。でも、何だろ、あー。ふたりが何か変な感じだから、私がちょっとニュートラルな立場? みたいな? で、取りまとめんのがいいのかなーって思ったんだけど。どう?」

「「いいんじゃないかな」」


 えぇい、いちいち声を被らせてくるな。夫婦アピールか。相性いいアピールか。


「ん、わかった。じゃあ、私が整理してきたこと話すよ。二人の認識がちょいちょい違うとこあったら、その時に言ってね」


 と言って披瀝された内容に、全く異存はなかった。


「つまり、もっかいまとめると、だね。私は、久留名美雨。で、大内叶恵の身体に入ってる。昨日は2001年9月13日。今日は2001年9月14日。特に、時間がどーのこーのってことは、ない。八坂成仁。2017年9月9日が昨日だと言ってる。年はもちろん、日付も何かズレてる。朋代ちゃんは、昨日は2014年9月10日だと言ってる。八坂と年が違う。日付が近い。ってことで、ここまでは、いいね?」


 私も、八坂も、無言で頷いた。それを見た美雨ちゃんも、首を縦に振った。一通り話し終えたのだろう、その様子を窺い、今度は八坂が引き取って話し始める。


「日付のズレについては、恐らく閏年が関係してるんじゃないか、と俺は考えた」

「閏年?」

「ああ。まず、2014年までの間には、2004、2008、2012、と、3回の閏年がある。本物の久留名美雨の言う昨日と、朋代の言う昨日との日付差は、3日だ。加えて、2017年までの間には、さらに加えて1回、2016年があり、4回の閏年だ。日付の差と、符合する」

「あー、あー、なるほどね」


 分かったようなことを言ってみたはよいものの、どういうことだろうか……。だから何? といった話のような気がしてならない。でも、空気を読んだ美雨ちゃんは、


「あー、っとー、つまりー? んー、365日の倍数で日付を移動してきた、ってこと?」


 と、うまく話を整理して質問を返している。やばい、この子、マジでできる子。やばい、っていうならむしろ私がやばい。やばいアラサー社会人。がんばらんと。


「そういうことになるな。地球の公転は、おおよそざっくり365.24日とされる。それでもズレが生じるから、4年、100年、400年ごとに、閏年を設けて誤差を調整している。つまりこの365.24というのは、自然現象を人間の認識に合わせやすいように恣意的に分割しているに過ぎない。であるのに、365という数字が出現してくるのは、まったくもって不可解だ」

「私たちの遭遇している現象は、公転とは一切関係ない、見かけの因果、ってことね?」


 めっちゃ理知的なことを語り出す八坂氏に追従して、何とか賢そうな相槌を打てた。年上の威厳を保つというのも大変なことだ。っていうか、八坂氏、頭良いのですね……。ひょっとして、ポンコツなの私だけ?


「そう解釈した方がよいかもしれない、と言うに留めておくべきか。まだ、諸々の予断は許されないだろうな。情報が足りない」

「仮に、八坂の言うことが正しいとしてさー。日付のズレってのは、まあ、そういうことなのかもしんないけど。で? 年のことについても、何か仮説ある?」

「さっぱりだ」


 ですよねー。


「朋代ちゃんは? 何かある?」


 そこで私にふるかー。ふりますかー。ふっちゃいますかー。いいですよ、受けて立ちましょう。心の中の私を立像させて腕まくりしてみせる。


「全く心当たりがない、というのが、一つ分かっていることだと思うよ」

「うん? というと?」

「つまり、このよく分からない現象の原因が、私たち三人に起因するものではないはず、ということ。要はさ、小説とかゲームとかの話であれば、人の想いが現実になる~、みたいなのって、あったりするわけじゃん」

「あるのか?」

「あるのよ、そういうお話が」


 たぶん。この広い広い世界には、どこかにあるでしょう。無いことを証明する方がむしろ難しいものなのです。


「で、私って別に、高校の頃に戻りたいなー、って願ってたわけじゃ、全然ないし。ここまでのそれぞれの話しぶりを思い返してみても、全員、不本意なわけでしょ。八坂さん? で呼び方いいかな。八坂さんだって、可愛い女子校生になりたい願望が強いとかないでしょ?」

「ねえよ」


 あったらあったでそれは応援しよう。


「美雨ちゃんも、大内叶恵さんに憧れてたとか、ないでしょ?」

「ないねー」

「だから、少なくともこの三人の話し合いで原因を突き止めるのは難しいだろうな、ということは、分かってることとして挙げていいんじゃないかと思ったのです」


 と、それっぽく講釈を垂れてみた。何か、穴だらけの議論な気がするけれど。パワポで資料まとめたら、部長あたりからのツッコミがグサグサ心に刺さってきそうだけれど。

 ただ、そんな虫食いチーズな私の論に、賛同してくれる人がいた。


「原因をこの三人に求めない、というのは、重要な姿勢だと考えられる」


 おお、八坂氏。嬉しい。恋に落ちそうだ。落ちないけれど。だって美雨ちゃんの顔だし。女子高生の姿で、未来の旦那さんとか言われてもなー。実感わくはずもない。


「そもそも、だ。この不可解な、人の入れ替わり、時間移動と称するしかなさそうな事象が入り乱れているこれらの現象に巻き込まれている……、暫定的に、巻き込まれている、と言っておくが……、それが、俺ら三人だけ、とは限らないわけでな」

「あー。まあ、私たち、たまたまだもんね、お互いのこと知ることになったの」

「もしかしたら、この高校に、他にもいるかも? ってこと?」

「いや。どうしてこの高校に限定する必要がある?」


 え?


「世界中、つまり、この地球全体、いや、宇宙規模で起きている可能性をこそ念頭に置いておくべきなのではないか、と考えたのだが」


 宇宙規模……。スケールでかすぎてついていけない。何の話してるんだっけ、これ……。

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