第011話:美雨 in 叶恵

 話がぶっ飛んでるにもほどがある。私が当初想定していたより、2倍も3倍も5倍もメチャクチャだ。


「朋代、なんだな? 間違いなく。高野朋代。1988年生まれ。生まれは新潟。小学校まで新潟にいたけれど、スキーが苦手だった。東京に転校してきて、新潟から転校してきたんだからスキー得意なんでしょってみんなから言われるのがウザかった」

「ちょ、ちょっ……!? 何でっ……、そんなことっ……!?」


 八坂成仁。2017年から来た男だ。と、そいつは、私の顔と声でほざいてくれちゃって。いやいやそんなこと急に言われても。ねえ? 現実を受け入れるには時間がかかるっていうか。素直に、そうなんだーなるほどねーへーすげー、って受け入れられるかよーっていう。ねえ。

 でも、拒否って直視しないでいつまでもいられるほどには、私はもう子供じゃないんだよって自覚はある。だからさ、がんばって受け入れよう受け入れようって思っていた矢先に、見覚えない女子がしゃしゃり出てきた。そして、八坂成仁を自称するやつと口論しだしてる。


「夫だからだよ! 結婚したの! お前と! 俺! お前の今の名前、八坂朋代! ……あ、今の名前、っていうと、おかしいか。えーと、だな……、俺が昨夜まで認識していた2017年世界において、俺とお前は結婚していて、お前は俺の隣で寝ていた」


 八坂成仁。八坂朋代。まあ、即興の嘘でそんなこと思いついてべらべらしゃべり倒してくれちゃうような詐欺師ではなさそうかなー、っていう直感はある。なんとなく。うん。さっき少し話してた口ぶりからして。やー、私の顔と声でしゃべられたからかも? ってのもあるのかもだけど。嘘はついてないんじゃないかなー。嘘ついてる、私たちを騙そうとしてる、って前提にたっちゃうと、話が進まないし、ますますわけがわからなくなるから、とりあえずそこは疑わずに信じとこう、ってことで。いこう。

 そう結論づけたばっかりだってのに。


「っていうか私、結婚なんてしてないんですけど!? まだピチピチの絶賛彼氏募集チューな二十代独身女子なんですけど!? 勝手に既婚者にしないでくれますかね!?」


 話が食い違ってる。一方はお前と結婚してると言い張り、もう一方はアンタのことなんか知らん独身じゃいと言い張ってる。でも、二人とも嘘はついてない。自分は正しいと信じきっている。これを、無矛盾で乗りきるには? ってのが問題なわけね。おーけー。解いてやろうじゃん。


「あー……」

「えー……」


 ……解いてあげるからさ、二人してそんなにどんよりしないでよ。


「ま、まあ、まあ、二人とも、落ち着いて落ち着いて。考えよう。えーと。何だっけ、名前」

「八坂成仁」

「八坂。八坂ね。八坂は、朋代ちゃんと結婚した、と言っている」

「そうだ。結婚式の日取りも当然覚えてるぞ。2016年11月22日。いい夫婦の日にしたい、という朋代の願望を叶えた。その日に入籍もした」


 八坂は断言してきた。キリッとした表情で。うん、我ながら真面目な顔がなんだかステキ。


「や、だから、してないっつの」

「まあまあ、待ちなさいな。朋代ちゃんは、八坂と結婚してない、と。独身だ。彼氏もいないわー。っていう自覚ね?」

「うっす」


 何キャラだよ。


「……まあ、単純に考えよう。別に矛盾はしてないんじゃね? って思うんだけど」

「「……マジで?」」


 夫婦そろって仲良く聞き返してきた。や、朋代ちゃんは今は夫婦と認めてないわけだけど。息ぴったり。まあ、夫婦っぽい。確かに。相性はいいんだろな。今は女子同士になっちゃってるわけだし、かたっぽ、私の身体なんで、なんともフクザツーな気分だけどねえ。


「確かめたいことが一点、あるの。八坂は、2017年から来た、って言ってるよね」

「ああ」

「……? 2017年? あ! あー、あー、そうか、そうかそうか、なるほどそういうことかー」


 朋代ちゃんは、腕を組んで納得がいったように何度もうなずいている。ふっふっふ。気づいたかネ、ワトソンくん。なんちゃって。


「朋代ちゃんは気づいたみたいだね。朋代ちゃん、何年から来た、って自覚してんの?」

「2014年っす。9月11日? 12日? かな」


 ほらー。やっぱりー。八坂成仁は、2017年から来たって言ってる。でも、朋代ちゃんは2014年から来たって言ってる。つーまーりー。


「2014……、2014!? そうか……、俺から見たら、過去の朋代……、が、そのまたさらに過去に飛んできた……、ってこと、か……」

「……って、え、えええぇぇぇぇっ!? じゃあ何っ!? 君……、私の未来の旦那さんなわけぇっ!?」


 そーゆーことよ。どぉ? この、私のグレーな脳細胞は。ふっふっふー。

 さてさて、ちょっと話が前進したかな。と思って、


「おっけー。整理してみようか」


 って切り出してはみたものの、


「……それ、俺の役目かと思っていたんだが。すっかりお前の方が冷静に状況を把握し始めているな。キャラの分担的に、ちょっと弁えた方がいいんじゃないか」

「あぁ!? 何それ何かめっちゃシツレーなこと言ってんな!?」


 キレた。ちょいキレたよ私。


「まあまあ、落ち着いて落ち着いて。えーと。何とかさん」

「久留名美雨! ……あー、身体は、これ、大内叶恵、だけど」

「じゃあ大内さん」

「いやそこは美雨でよろっす」

「みうみう」

「売れないアイドルみたいなあだ名だ!?」


 何だこのやり取り。昼休みそろそろ終わるよ、だいじな話する時間なくなっちゃうよ!


「二人がボケとツッコミな感じになってくれて嬉しい。これで俺が、晴れて冷静キャラとして話を整理することができる」

「私の身体つかって盛大なボケすんのやめてくれない!?」

「今のどこがボケだ!?」

「よし、ここは私が話を整理しよう」

「「いや、それは違う気がする」」

「割と3人とも誰と組んでも息合うね!?」


---


 昼休みが残り3分だって気づいてからは、話が早かった。教室まで戻るには時間もかかるし、私たちはまた放課後に中庭へ集まることにした。

 放課後までに、それぞれが状況の把握につとめてくること。っていう課題を出されたから、今、ノートに書き出している。授業中だけど、日本史とかよゆーだし。聞かなくてもいけるいける。どうせ今日も、大量の藤原について先生が知ってるどーでもいい小ネタを語ってるだけじゃん?


 まず、私。私は、久留名美雨。で、大内叶恵の身体に入ってる。昨日は2001年9月13日。今日は2001年9月14日。特に、時間がどーのこーのってことは、ない。


 次に、私の身体に入ってくれちゃってる、八坂成仁。あいつ、私の身体でもうトイレとか行ってやがんのかな。うわー、蹴飛ばしたい。八坂っていう男の顔とか全然知らないっていうのがあるからかもだけど、キモイとかそういうのは思わないけど。何だろ、非現実的すぎて、あれが私の身体だってのは見た感じでわかるのに、でも、私自身だ、っていう感覚がないんだよなあ。だから、たぶん今日お風呂とか入って裸とか見られちゃったりもするだろうけど、なんかそんなうげえええええいやああああああみたいな気にはならない。ちょっと不思議。あれは私じゃないよー、私とは別モンだよーってな割り切りが内心であるんかな。うーん、わかんない。

 で、話が脱線しちゃったけど、その、八坂。彼は、2017年9月9日が昨日だと言ってる。年はもちろん、日付も何かズレてる。なんだろ。


 そして最後、高野朋代。朋代ちゃん。何でか、もう、流れでちゃん付けになった。今の苗字は、高野っていうらしい。確かに隣のクラスにいた。遠海は朋代ちゃんのこと知ってた。かわいい系と美人系のちょうど中間な感じ。大人っぽさがすごいある。でもそれはもしかしたら、中身だけ未来から来てるからかも。

 朋代ちゃんは、昨日は2014年9月10日だと言ってる。八坂と年が違う。けど、日付が近い。今日の昨日、13日とは、やっぱり日付がズレてる。

 朋代ちゃんは、他の人になってるんじゃなくて、過去の自分になってるんだよねえ。だから、混乱は私と八坂ほどしてないのかも。あ、過去からやり直せるんだ、ラッキー、って思ったりしてないのかな? 私だったら、結構やり直したいことあるからなあ。あのとき、もう少し慌てず落ち着いて歩いていれば、ケーキ持った箱を道路にぶちまけなくて済んだのにー、みたいなのとか。ちっちゃいか。


 今の私が整理できることといったら、これくらい、かな? 何でこんなことになっちゃったのか、という原因については、さっぱりさっぱりでさー。昨日の夜、変なモンでも食べたっけなーって思い返してみても何も思い当たらないし。

 ……ま、自称、30歳近いオジサンオバサンらに、期待してみよっかー。

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