第008話:美雨 in 叶恵

 昼休みになった。うーん、場所はどこがいいだろ。人あんま来なくて、あるていど落ち着いて話せるようなとこ。中庭とか? そんなこと考えてたら、向こうから声かけてきた。


「約束の昼休みだね」

「うん。中庭でいい?」


 そこで昼ご飯でも食べながら話そうか。えーと、鞄の中に買ってきたパンがあるから、まずはそれを出して……


「あなたが美雨?」

「はぁっ!?」


 この女。久留名美雨の身体をした誰かは、私のことを久留名美雨だと言ってきた。何なの。マジで黒幕系の何か?

 勢いづいて、鞄の中のパンを掴み出すより先に、とんでもないこと言ってくれちゃった黒幕的なやつの腕を掴む。


「ちょっ、アンタッ……! すぐ来なさい!!」


 力をこめて立ち上がらせようとすると、もちろん相手も最初っからついてくる気があったからだろうけど、すんなりいった。そのまま腕を引っ張って廊下へ出る。疾走開始。


「ほら、どいて、どいてよもうっ!」


 何この障害物だらけのレースゲームみたいなのっ! 昼休みでみんな勝手気ままに廊下にひしめいてるの、ほんと、邪魔! いやこっちこそ勝手な言い分でわがままで感じ悪いのはわかってるんだけどさぁ!

 なるべくよけるようにしつつも、どうしてもぶつかっちゃいそうになった時は、空いてる片手でごめんしながら押しのけつつ、私は中庭まで何とかたどり着くことができた。あー、疲れた……


「そろそろ腕、離して欲しいんだけど」

「うっさい!」


 別に音量的にはうるさくなかったけど。今の私の声の方がうるさかったと思うけど。つんけんして睨んじゃうのはやめられない。とりあえず手だけ離してあげる。


「あんた、誰? 私のこと、美雨って呼んだってことは、全部あんたのしわざ? 何やってくれちゃったの?」


 中庭の中央には花壇。そのまた真ん中には一本どーんっと立ってる木があり、それが風になびいて葉っぱをわさわさならしている。これがどうにも、ドラマチックな演出をしてくれちゃって。沈黙する目の前の女から、なかなか回答が得られないこの待ち時間を、余計にやきもきさせてくれる。しかも私の顔してる女だからね。

 そして、なーんか違和感あるなーって思ったら、スカートがいつもより長いんだけど。折るの、1回少ないんじゃない? その長さダサイからやめさせたい。そしてメイクがちょっとなってない。そりゃ、私が自分でやるよりうまくできてたら、むしろ傷つくけどさ。で、だんまりいつまで?


「ちょっと! 黙ってないで何とか言ったら!?」


 30秒……、までは経ってないと思うから、たぶん、20秒くらい? で、我慢できずにもっかい訊いた。いや、たった20秒で、って思わないように。目の前で20秒黙ってられると、イラッとするっていうか、むしろ、コワイからね。何言おうとしてるんだろって不安になるからね。いっぺん経験してみるといいと思うよ。なかなかないでしょ、そんな状況。しかも自分の顔してる相手だからね。想像してみるといいと思うよ。ぜったいないでしょ、そんな状況。


「いや、ごめん。どこから話せばいいのか考え込んでしまっていて。それと、カナエ……、えーと、君、本来の久留名美雨の今までの反応から、何を結論づけることができるだろう、ということも、あれこれと、ね」


 もどかしい。やっと喋ったと思ったら、言い訳みたいな感じのことば。それって私が知りたい答えじゃ全然ないんですけどぉ。


「……で? 何とか言ったら、ってことに対して何とか言ってくれたことは、あーりーがーとーうーごーざーいーまーしーたー。……で? で、で、で? 考えた結果、何だって? 私の最初の質問、覚えてる? Who are you?」

「……分かった、悪かった。端的に回答するよ」


 なーんか、まだるっこしいっつーか、なんだろ、持って回った言い方っていうか、同年代の女子っぽくない?


 という私の直感。


 これ。どうやら当たったようだ。信じられるか信じられないかは別として、こいつは、こんなことを言ってくれちゃった。


「俺は、俺自身の名を、八坂 成仁(ヤサカ ナリヒト)と認識している。そして、1988年に生まれ……、2017年、29歳の男性として生きていた。昨日まで」

「……」


 真顔でそんなこと言われても。ねえ?

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