第007話:? in 美雨
「私いるしっ!? ……ねえ、ちょっとアンタさあ」
大声をあげて教室中の注目の的となった一人の女子生徒が、よそ見することもなく向かっていったのは、俺の座っていた席だった。目の前の彼女を見上げたのと同時、俺は二の腕を掴まれていた。何事だろうか。驚く暇もない。この女子生徒が誰なのだろうというのを、今朝、散々見てきた写真群の中にあった数多くの顔の中から走査させて名前と一致させようとしていると、
「誰なの?」
……と、彼女は俺の心を凍てつかせる一言を放った。
「っ!!」
誰なの。誰なのか。あなたは誰なのか。久留名美雨の身体であるところのあなたは誰なのですか。そう、問われたのだろう。空気を呑み込んでしまった。
「昼休み。話があるから。いいよね」
「……うん」
俺は、やっとのことでそう頷くのが精一杯だった。そして彼女は、俺の横の席に、乱雑に鞄をひっかけると、これまた大きな音を立てて椅子を引き、座った。
右隣の席といえば、確か……、大内叶恵、だったか。取り立てて親しいわけでもないようで、メールのやり取りはそう多くなく、文面を読む限りでは社交辞令を重ねているような印象を受けたものだった。あくまでも単なるクラスメートの一人。そういう関係性にある彼女が、久留名美雨に対して先ほどのような言動をとったということは、やはり、久留名美雨が久留名美雨として正常ではない、ということを、どういった理由か憶測を立てることすらできないが、認知しているのだろう。
昼休みと言われたか。それまでのおよそ4時間弱ほどの間に、授業を受けるかたわらで、思考を巡らせておくか。憶測を立てることすらできない、と言っただけあって、きっと妄想に過ぎない程度のものだろうけれど……。
---
そして迎えた昼休み。
授業中の俺の妄想は果てしなく止まらず、宇宙開闢にまで及んでしまったが、もっとだいぶ手前まで引き返すことにして、一つの当て推量を彼女へぶつけてみることにした。
「約束の昼休みだね」
「うん。中庭でいい?」
俺が何を言うより先に、彼女は立ち上がった。行動が早い。決して親しいわけでなく、メールの量も数も少ないながらに、俺が読み取れたカナエという人物は、行動派とはやや遠いものだったはずだ。先ほどのように、いきなり人前で誰かの二の腕を乱暴に掴むというような、クラスの中で悪目立ちしてしまいそうな挙動をとるというのは、本来のカナエからすると、外れているように思える。
そう。俺の破天荒な考えは、一つの結論に至った。
彼女もまた、大内叶恵ではないのではないか?
だから、俺に対して、誰なのか、という誰何を真っ先にしてきたのではないか。自分も他の誰かだから、あなたも他の誰かなのではないか、と。そう考えるのは、自然な発想だ。
だとすると、だ。次なる疑問は、それを何故、俺に、久留名美雨の身体にぶつけたのか、だ。久留名美雨が久留名美雨ではない、ということを知り得る人物。全くの第三者を除けば、それは、2種類考えられる。すなわち。久留名美雨を久留名美雨でなくした何らかの手段をとった者。あるいは。久留名美雨本人。
そして俺は、朝に教室へ入ってきて俺を見た時の、彼女の鬼気迫る表情から、後者ではないかと考えた。だから、立ち上がる彼女へ向けて、率直にこう告げてみた。
「あなたが美雨?」
「はぁっ!?」
調子に乗ってそんなことを教室で言ってしまったが、すぐに公開するハメになった。目の前で大音量の音の塊をぶつけられた挙げ句に、またも二の腕を掴まれた。位置的に、狙いやすいのだろう。
「ちょっ、アンタッ……! すぐ来なさい!!」
そして俺は教室から連行され、中庭へと赴くこととなった。
どうやら、妄想が当たったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます