第006話:朋代 in 朋代
やっばい。高校生すごい。何で一日中、こんな固い木の椅子にクッションも敷かずに長時間休憩無しで座り続けて、広範囲にわたってたくさんのことを覚えたり考えたりし続けてんの。ブラックじゃん、超絶ブラックじゃん。拷問だよホント。ムリ。私もうムリ。
朝、13歳も若返っていたということを知った直後は、混乱こそあったものの、肌わかーい、ぴっちぴちー、私の青春時代リターンひゃっほー、うっひゃー、人生やり直すぞー、クソ会社さらばー、イケメンDK捕まえてやるー、とか、色々と妄想もたくましく、前向きにハッピーなことを考えていたものだった。
ただ、現実は非情である。
もはや、アラサーという領域にいちど足を踏み入れてしまった身には、学園生活は何もかも眩しく懐かしく、そのノリについていくのがつらい。たとえ一時的についていけたとしても、何というか、そのノリを自分がしているということを、ちょっと一段階上の自分が認識してしまっていて、痛々しくなってきてしまうのだ。つらい。
加えて、この拷問という名の授業――授業という名の拷問か? いや、どちらも正しい……――である。
私、そこそこブラックな会社へ新卒から入ってしまって、転職もせずにひた走ってきて、それなりに耐性あるもんだと思ってたけれど、上には上があるものだ。
まず基本からいくけど、土日完全週休2日制じゃなくて週休1日でしょ。フレックス制でなく遅刻厳禁でしょ。朝8時出勤でしょ。帰りは部活があってもまあ18時には定時になるけど、でもタスク持ち帰りで家で実質の残業でしょ。
さらに、昼休憩も自由な時間に取れないでしょ。美味しいランチを食べに行って外で気晴らしすることもできないでしょ。勤務中だって自分の裁量で気兼ねなくコーヒー淹れやトイレに行ったりもできないでしょ。っていうか、業務しながらコーヒー飲めないでしょ、ガムも噛めないでしょ。
服装だって自由が利かないでしょ。冬だろうがスカートでしょ。鞄すら指定でしょ。業務中の椅子は固いでしょ。寒くても電気膝掛けとかNGでしょ。うん、ブラックどころの騒ぎじゃないってば。軍隊かよ、監獄かよ。
しかも、塾とか予備校まで行くってなったら、同業他社での副業みたいなもんじゃん! しかもそっちでも、持ち帰りの残業つき! それでいて、給料出ない! どころか、お金はこちらがおさめなきゃならない! 自分のお金を貯めるなら、アルバイトしなきゃならないって!? 死ぬわっ!! 死ぬるわっ!! バーカ、バーカ!
「はぁぁ……」
深い溜息が出た。
それに加えて。カレンダーによれば、今は9月の半ば。夏休みという、現状思いつく限りで唯一といっていいくらいに高校生に戻れて良かった要素の最たるものが、過ぎ去ったばかりという無慈悲な時期。次の夏休みまで、また10ヶ月を待たないといけないっていう残酷な現実。
いやー、社会人だったあの頃――体感で昨夜まで――には、学生は学業が本文だー、血税で学ばせてもらってるんだから遊んでばっかいないでちゃんと勉強しろよいー、と、自分がその時分どうだったかということをポイッと棚に置いといて、エラそうなオトナなことを思っていたものでしたが、いざまたリターンしてみると、きついっすよ、これ。
「はぁぁぁぁ……」
「どしたの?」
隣に座ってるリョーコ――茅部 涼子(カヤベ リョウコ)とは、高校で出会った。この先、私の長年来の友人になる。はずだ――が、そんなアンニュイな私を見て、首を傾げている。
「お尻痛い」
「え、どうしたのマジで。切れた?」
「いや、そーいうんじゃなく」
女子校、ほんとデリカシーないな。そーいうの会社で言うとセクハラだぞー。
「木の椅子、さ。ずっと座ってると痛くなってこない? リョーコ、平気なの?」
「え? いやいや、何、今さら」
おかしそうに苦笑するリョーコ。確かに、ずーっと小学校中学校高校と、連綿と固ーい木の椅子とのランデブーを続けてきている身からすれば、今さらなのだろうね。あ、いや、小学校では確かクッションがあったはず。防災頭巾になるやつ。あれ欲しい。
「うぐぐ……、若者は羨ましいよまったく。そうやって、強靱な肉体を誇示してさ。それが特別なステータスだという自覚も持たずに、日々をのうのうと過ごしているのよ。だけど、いつか気づくんだからね。喪ってみて初めて気づくんだからね。ああ、あの頃の私には、あんな輝きがあったんだ。なくしてはいけないものを、もう、なくしてしまったんだ……。って!」
「いやいや、何、急に。落ちつけって」
「ぐへっ」
頭にチョップされた。チョップなんてされたの、10年ぶりとかだと思う。さすがにブラック企業でも、チョップはされない。そんな事例、SNSでも見たこと無い。見たら教えて。シェアしとく。
「今日のトモ、なんだろ、やっぱちょっとノリ違うよね? ムリしてる感あるけど、大丈夫? 熱とかあるんじゃないの? 部活は休んだら?」
昼休み。ありがたくもお父上にお作りいただきましたお弁当をつまみながら、リョーコと話していた私は、やっぱり、第三者の目から見て、ちょっと異様に映っているらしい。
そりゃーそうよ、だって、アラサーが女子高生やってんだもん、おかしいって。どう考えたって。
「んー、そう、だね……、はは、ちょっと今日はムリしないで帰るよ」
「そうそう、それがい
「はぁっ!?」
「……ん?」
リョーコの声を遮るようにして、隣のクラスから大声が聞こえてきた。何だろう?
女子校の昼休みっていうのは、こんなに騒がしいものだったっけ、って思うくらい、周りはガヤガヤしていた。普通の声で話しているぶんには、ちょっと離れたところでどんな内容の会話をかわしているのか、さっぱり分からないくらいには騒がしい。
そんなノイズの海の中、壁を隔てた隣の教室から――いや、正確には、開いているドアを通って廊下から伝わってきているのだけれど――、これほどの大音量が聞こえてくるというのは、なかなかに珍しいことだ。思わず、私たち以外の誰しもが、会話を止めて、隣のクラスから聞こえてくるであろう次の声に耳をそばだてている。
……けれど、シーンと静まったままで、次に続く台詞はない。かわりに、一人の女子生徒が、もう一人の女子生徒の腕を掴んで、廊下を疾走していくのがドアの間から見えた。
……何だろう? 今、引っ張ってった方の女子が、大声を出したんだろうか。
「……元気いっぱいだねえ、女子高生って」
「アンタもだっつーの」
やがて教室には、喧噪が戻ってきた。
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