第003話:? in 彼女

 目が覚めたら、若返っていた。


「ええ……、えええええ?」


 ヤバイ、昨日は飲み過ぎた、と思ったのも束の間。昨日は飲んでなかったはず、と思い直す。最近、ダイエットしてるし。飲み会断ってるし。家飲みしてないし。


 じゃあ、これは何なのか。洗面台の鏡に映る、この、ピチピチの肌の若々しい私は何なのか。というか、ボーッとしていて気づいてなかったけど、ここ、実家じゃん、私、帰省してないよ、何で、何で?


「おーい、朋代、遅刻すっぞー」


 下の方から、お父さんの声がする。お父さん、声、若くね?


「いや、ちょっ、待っ、遅刻ったって、え、え?」


 ヤバイ今日平日ってことか、仕事遅れるわけにはいかん、今、何時だ、と思って、慌ててスマホを取り出そうとポケットをまさぐるも、ポケットのついてないパジャマだった。いつも、寝るときにはパジャマのポケットにスマホを入れているのだ。震えることで目が覚める。

 あれ、じゃあ、私のスマホどこだ? と、部屋に戻ってみると、懐かしの学習机の上に、充電スタンドが置いてあり、そこに携帯電話がつったってた。これまた懐かしの。


「うえぇぃ!? 折りたたみのケータイだーっ!?」


 これ、10ウン年前に、便器に落としてオシャカになった機種じゃん! 充電されてる! 光ってる! 生きてる! 現役!? ってことは、と思ってケータイを手に取りパチリと開けてみると、待ち受けのところにカレンダーが出てて、それは今が2001年だという事実を私に告げてきた。


「は? いやいやいや。うっそー。ええ?」


 ちょっと待ってよちょっと待ってよ、と、独り言が止まらない。あまりにもパジャマ姿のままでうろたえてバタバタしている私を不信に思ったか、父親が一階からあがってきた。


「さっきから何騒いでんだおめぇ」

「うおっ!?」


 若っ! パパ若っ!


「パパ若っ!」


 そのまま口に出た。思わず。


「はぁ?」


 怪訝そうに顔をしかめるマイパピー。そりゃそうだろう。もう、私だって私が今どんなハチャメチャな言動をとっているか、なんとなくだけれど自覚してる。こう、ちょっとメタ的な次元でね、私を自己観察しておるのですよ。ええ。


 父は、私の認識している2014年現在では、52歳だ。まあ、私の年齢からすれば若い方だろう。私の年齢は……、30にぎりぎり満たないところだ。察しろ。

 つまり、えーと、なんだ、2001年だと、39歳、か。そりゃ若い。私と10歳しか違わないじゃん。あ、2014年の私と。……ん? こんがらがってくる……。


 白髪のまじっていない、肌にまだシミがほとんどない、39歳の父親は、オールバックの髪を手で撫でつけながら嘆息すると、こう告げてからまた階段を降りていった。


「ったく、突拍子もねえこと言うのは母親譲りなんだよなあ。まあいいからさっさと着替えて降りてこい。朝飯作ってあっから、食ってがっこ行け。遅刻すんなよ」


 そういえばこの頃、もういなくなってたお母さんの代わりに、毎朝、お父さんが朝ご飯作ってくれてたっけ。そう思い出して、そして階下から漂ってくるトーストのこんがりしたバターの香りに懐かしさを覚え、じわりと涙ぐんでくる。

 これは、お父さんへの感謝をもっとしろっていう神様のお告げなのかな? そういう目的で見せられてる夢なのかな?

 そう思って、壁に頭を打ち付けてみた。


「ごへっ!」


 いだい。夢じゃなかった。

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