3.七井橋通り


 公園へと下る道は、南口の目抜き通り。

古着屋やこじんまりしたレストランが並ぶ道は、平日でもいくらかにぎわっていた。

二人は大学のこと、単位のこと、生活の面白さなどを話しながら、足に任せて公園へと向かっていた。

空は高く抜けていて、風は乾いて軽かった。

トシは長袖のタートルネックの上に厚手のシャツを着ただけだったが、少しも寒くはなかった。

イチは白い麻のシャツと、黒い細身のズボンにスニーカーを合わせて軽やかに着ていた。


「フレッシュネスっていう手もあるな」

 南口のイタリアンやカフェや東南アジア料理屋をいくつか思い浮かべてはしっくり来なかったトシは、看板を見ながらそう言った。

「あー、ありっすね。そして井の公? むしろいいっすね」

「そうだね、ありだな。フレッシュネスって、わりと美味いんでしょ」

「美味いっすよ。ぼくもそんな食べないですけど、いい感じがします」

「要求を満たす?」

「満たしますね。バーガーに求められるクオリティに達している」

「はは、じゃあそれでいっちゃうか」

「いっちゃいましょう」


 バーガーを注文し、提供されるのを待ちながら、トシはファーストフードを正しく利用しているような気がした。

「なんか、正しく都市生活してる気しない? バーガー買って、公園でしばし滞在する」

「してますね。古典的なスタイルです」

 それぞれのバーガーを手に入れ、二人は公園へと下る通りに戻った。

「お前、ポテトのセット? ポテトいるか?」

「いるでしょ。トシさんこそ、バーガー二つってどうなんすか」

「いや、もっとも合理的な判断だと思うよ。お腹すいてるんだからさ、単品価格のバーガー二つ買うのが、たぶんもっとも経済的」

「いやいや、逸脱してますね。バーガーにはポテトのセットで、完成されたスタイルです。バーガー二つとか、浅はかな門外漢のチョイスですよ」

「なに、スタイルもやがてエスタブリッシュされると退屈になるからな。結局、素朴な欲望に従うのが逆にクールということになってくるもんだよ」

「ここでそれは、さすがに苦しい」

「お?」

「なんすか?」


 通りの突き当たり、まさに公園へと降りていく階段の手前で、トシは足を止めた。

「ビール?」

「なるほど」

 左手にある店の軒先には、ビンや缶のビールがざっくばらんに並べてあり、まるで手作り弁当を売るように気軽に売っていた。

「なにこれ? 何屋さん?」

「なんかおおざっぱでオープンな感じのバーですね。夜だと、外人とかいっぱい来る感じっす」

「ふーん、たしかに、これとか外国のビールだね」

 トシは近づき、しげしげと眺めてみた。

「ビールってのは、どう? バーガーと公園とビールってのも、コンボとしてありだと思うけど」

「まあ、形としてはありですけど」

「あんまり惹かれない?」

「そうっすね。しらふに勝る楽しみは無いって言ってたの、トシさんじゃないっすか」

「そうだね。今でもそう思う。でも、なんだろうね。本当に楽しいことに向き合いたくない気分もあるんだろうな。ダメになってしまいたいというか」

「堕落への欲求っすか」

「近いものはあるな。しんどいことに耐えられなくなってきてるのかもしれん。たぶん、きちんと大学に行っていることと、就職もきっちりできそうなことと無関係ではないと思う」

「なんすか、難しいっすね」

「根源まで踏み込んで自分の力で解答を探す前に、用意された公式に飛びつくのも、一つの逃げ道なんだよな。そういう感じだ」

「まあ、そりゃたしかに」

 卒業や就職自体が一つの堕落かもしれないというトシの含意を汲んだか汲まずか、イチはあいまいに返事をした。

「今日のところは、ビールはやめとくかな」

「そこまで語られちゃうと、もはやどっちでもいいっすけど」

「はは、そりゃそうだわな。他人の心の迷いが漏れてるだけじゃ、触れたほうは戸惑うだけだ」

「とりあえず、このあとぼくもバイトありますし」

「そうだ、そうだった。しらふで参りましょう」

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