11.疲れ


 ミナが前期の後半には学校にほとんど来ていなくて、おそらく試験もボロボロだろうという話をイチが聞かされたのは、ゼミの夏合宿でのことだった。

勉強をするかしないかにかかわらず、学生たちの多くはゼミに所属していた。

キャンパスにおける人間関係は、このゼミと、各々のサークルがほぼ基礎になる。

そしてほとんどのゼミとサークルが、二カ月弱の夏休みの間に合宿をするので、両方に所属している学生はそれなりに忙しい夏休みを過ごすことになる。

しかも、宿泊する旅館なり貸別荘なり保養所は、ハイシーズンだということで、ここぞとばかりにふっかけてくるので、

合宿費もばかにならなず、このためにアルバイトする必要に迫られたりもする。

合宿にはいろんな形があるものの、だいたい三泊ほどで海なり山なりに行くというものが一般的だ。

ゼミ合宿では研究の話もそれなりにするが、それとてまぁお遊びの域を出ないお気軽なものであることが多い。

合宿地の海なり山なりには特にこれといって面白いものや珍しいものがあるわけでもないが、

気のおけない友人たちや気になる異性と丸々数日間を共に過ごすというのは、若者たちにとってやはり刺激的な体験になる。



 ミナの近況についてイチに伝えた女のコは、自分にはミナをイチに紹介した「責任がある」のだと言った。

夜の飲み会で学生たちが大騒ぎしている中、その女のコがイチに向かって長々と語ったその話をまとめると、以下のようになる。


 イチと別れてからのミナは、すっかり元気がなくなってしまった。

前期の終盤には学校にもなかなか来なくなり、試験もろくに受けていないだろう。

夏休みに入ってからも友人の誰にも会っていない。

あんなにかわいくてお人好しで、場を明るくしてくれるみんなの人気者だったミナが、イチのせいで笑顔がしおれていくのを見ると胸がつまるような思いがする。

イチはちかごろフミという「とってもかわいい」女のコと付き合っているらしいが、聞くところによると、またずいぶんと調子のいいことを言っているらしい。

また同じようなことをくり返すようなら、同学年の女子からの信用は二度と取りもどせないから覚悟したほうがいい。

おおよそ、そのような内容だった。


 イチにとって、話の結論は取るに足らないものだったが、気にかかるところもあった。

まず、ミナがそのような状態に陥っているというのは初耳だったので、それは確かなのかと問いただしたところ、確かだという答えが返ってきた。

ミナを紹介してくれたのはこの女のコなので、これは信用して間違いないだろうとイチは判断した。

もう一つ気になったのは、「聞くところによると、またずいぶんと調子のいいことをフミに言っているらしい」というところだった。

そこでイチはその女のコに、いったいどこで何を聞いたのかと問いただした。

その女のコが答えるのには、フミとのあいだに共通の親しい友人がいて、イチの口説き文句や一部始終を聞いたのだそうだ。

イチはこれを聞いて、頭にきてしまった。

イチの感覚では、そういう、二人のあいだの親密なことは、他人に話すものではない。

さらに加えてその女のコがしゃべりつづけたのは、イチがそういうことを口にしたからにはそれなりの責任が生まれるのだから、今度こそ必ずフミのことを誠心誠意で大切にしなさい、

というような内容のことで、またそれも長くなりそうだった。

嫌気がさしたイチはその女のコに、そんなにしつこく口を出してくるのはもしかしてイチに惚れてるんじゃないかと質問してみた。

それでその女のコは憤慨して、わざとらしい足音をたててどこかに行ってくれたので、イチは少し気が晴れた。



 学年で数百人しかいない学部の中のことでもあるし、それぞれの性格の傾向によってある程度まで友人のグループ同士はつながりを持つ。

それで、知り合いの知り合いはだいたい知り合い、という状況が生まれる。

それにしても、誰と誰が顔見知りでつながっていようと、話の出どころであるフミが余計なことを口にしなければ、二人のあいだのどんな話も出回ったりはしないのだ。

フミはそういうことを軽々しく人に話すようなタイプではないとイチは思っていたので、これにはがっかりした。

それに、ミナのことも驚きだった。

イチとしては、お互いに辛いながらもそれなりにきれいに別れたつもりだった。

そもそも、あのミナがそこまで落ち込むというのも意外だった。

結局、イチなりに懸命に努めてみても、思い通りにすすむ物事などはほとんど無いのだということを噛みしめてみると、イチはなんだか虚しい気分になるのだった。

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