10.イノセンス


 この間、イチは他の女のコに惹かれることがなかったのかといえば、もちろんそんなことはない。

フミと街を歩く時にも、道行く無数の人々の中に輝かしい女のコを見つける事はあった。


 たとえばある時、駅ビルの店頭にフミの目を引く商品があり、フミがイチの手を引いて駆け寄る。

フミがいろいろと説明してくれるが、イチにはその商品の魅力があまりよくわからない。

若い女の店員が近寄ってきて、その商品のお勧め情報や類似品との比較、今シーズンの展開ラインアップなどを説明してくれる。

好きなものについて知る時の明るい笑顔でフミは説明を聞いている。

店員も清潔に整えられた格好の若い女のコで、好きなものについて語る時の明るい笑顔だ。

フミがアルバイトする姿をイチは見たことがないが、きっとこんな風に輝かしいのだろうと、イチは確信をもって察する。

素敵な女のコ二人が明るい笑顔で意気投合している、そんな華やかで眩しい景色を見る時、イチの心はいても立ってもいられなくなる。

そんな女のコのうち一人は自分の彼女で、この後自分に心を許した笑顔を向けてくれ、イチと二人で仲良く帰ることになる。

その誇り高さと安心感と同時に、できることなら両方欲しいという思いは必ずイチの心に湧いている。

結果的にはおさえて無視できる程度かもしれないが、それでも確かに必ず湧いている。


 この後、フミと二人でお茶を飲みながら、あの店員の女のコがアルバイトのシフトから上がるのを待つ。

やがて仕事を終えた店員の女のコと合流し、三人で出かける。

女のコは二人ともイチのことが大好きで特別扱いしているから他の男にまるで興味がなく、お互いの事も大好きで意気投合している。

イチは二人の女のコを両脇にして歩きながら、愛しさのあまり二人の肩を抱き寄せ、二人の髪に順に頬をつける。

そうであってもいいのに、と思う。


 しかし店先で二人の話が一段落するのを待ち、フミが小ぶりな商品を一つ買うあたりで落としどころがついて、お待たせと言って笑顔を向けてくれたところで、

イチはその店員の女のコに軽く微笑んで会釈するだけで、それ以上の行動はせずに大人しくその場を去る。

あの店員の女のコの目に自分がどう映ったのか、口説いたらなびいてくれるのか、試してみたいと思う。

試さない理由は、特に無いと思う。

しかしイチが実際にそういった行動に出たことは無い。

フミがいるのだ。

イチにはフミで、これはすでに決まった事なのだ。

無いものより、在るものを数えるんだと、イチは自分に言い聞かせる。

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