8.愛の確信


 初めてフミを抱いた夜、イチの愛はほとばしった。

それは一つの熱狂的確信だった。

フミとならば、この先、何があっても大丈夫だと思った。

大学に入ってからすぐに付き合った、前の彼女(「ミナ」という名前だった)と上手くいかなくなって別れてしまったのは確かに事実だったが、その原因はすべてイチの心掛けと実践が悪かったことにあると思った。

今のイチは、あのころとは違う。

そうした以前の失敗をふまえることができる上に、今度の相手はフミなのだ。


 ミナは健康的に豊満な体と、尽きずあふれ出る元気の持ち主で、本能的で欲望に忠実、頭に浮かんだことを次々に口にしながら、何であれ楽しげに、いつでもあちこちはねまわっているような女のコだった。

それに対して、フミはほっそりとしていて涼しげで、華奢な肩も腹も太ももも、透明感があって、生々しくなかった。

性格は丁寧で、皮肉はそれほど効いてるわけでもないが少し厳格なところがあった。

そんなフミを目の前にして、イチは今愛しさがふつふつと湧いてくるのを感じていた。

自分では気づいていなかったが、フミのような女のコこそ、相性がよくてイチの良いところを引き出すような女のコだと思った。



 ベッドに横になって抱き合い、イチの手をフミの頭の後ろにまわし、もう片方の手をフミの腰にまわして、唇を合わせる。

お互いの体をピッタリとつけて唾液を交換し、唇と舌でお互いの意思を伝え合うようなとき、イチの愛は絶頂に達した。

むしろ、性器を結合してから、お互いの体が離れて、あおむけに倒れたフミをイチが上から眺めているような体勢になったとき、これは自分の求めているものではないとイチは思った。

白く整っていたフミの華奢な肩や脇を、イチが無関係の立場から壊しているような気がした。

そこでイチは上半身を前に倒し、お互いの腹をつけるようにして、フミの頭を抱えて唇を合わせたり首すじに鼻をこすりつけたりしながら、フミの性器の感触をじっくりと味わうように動いてみたら、あっという間に射精した。

イチが求めていたのは、いうなれば「ファック」ではなく「メイク・ラブ」であり、日本語で言うならば「ヤる」よりも「抱く」や「愛する」に近かった。

お互いの体が離れて性器だけが結合し、イチがフミを見下ろしているようなとき、イチはフミを愛しているというよりも凌辱しているように感じた。

これはイチの求めていることとは正反対だった。


 そうして、フミを抱きながらイチが初めて感じていたのは、誰かを守りたいという気持ちだった。

これから、将来へ向けての生活の中で、フミがそばにいるというそれだけでこの社会の中でまっとうに生きていけると思った。

不自由なくフミと暮らすために毎日懸命に働くし、フミとの子供を手塩にかけて育てるために、イチ自身が立派な大人にならなければならない。

ときに敵意と暴力に満ちたこの世界から家族を守って生き抜くために、ひとかどの地位を手に入れ、友情の輪を築いて安心できる領分を確保しなければならない。

これからの大学生活で、就活をまじめに考えてとりくみ、勉強に精を出し、クルマはいつでも安全運転で、暴力と距離が近づくような世界とはかかわらないようにしよう。


 そんなふうに、良識的に前向きな力が湧いてくるのは、こんなにも愛しく魅力的なフミがいてくれるからこそなのだから、フミにはいつも感謝をし、その気持ちを伝え、フミの望みを聞き、それを精一杯叶えよう。

しかしそれでも一方で、どんなに精密にリスク管理をしても、いつか何かを失う日もきっと来るだろう。

その日が来るのを恐れて過ごしたりはしないで、フミと過ごす毎日がかけがえのないイチの宝物になるように日々を精一杯に生きよう。

これから、フミと一緒にどんな日々と出会えるのかをいつでも心待ちにしていよう。

とにかく、もう一瞬でも長くフミと一緒に過ごしたい。

フミに「好き」って言って、フミから「好き」って言われたい。

フミと一緒にあらゆるものを見たい。

何を見て何に触れようと、フミと一緒なら、新鮮で神秘的で興味深くて刺激的に感じるに違いない。

フミとのあいだに起こることだったらどんなことであれ、たとえそれが二人の別れだとしても、最高に劇的に胸に沁みる出来事になるに違いない。


 イチとしては、まぁだいたいそんな気持ちだった。

それなのに、もっともフミを愛したい気持ちのときに、フミを押さえつけて凌辱しているような気持ちを味わうのは耐えられなかった。

そこで、正常位のときにはイチが上半身を前に倒すことで、後背位のときにはイチの腹や顔がフミの背中や首すじにつくようにして乳房を手で包んだりすることで、騎乗位のときにはイチも体を起こして正座位にすることで、あるいはフミが体を前に倒して顔と顔が近づくようにすることで、

つまりそれぞれに共通する方法論で言えば体をできるだけ密着させて抱きしめるようにすることで、凌辱ではなくフミを愛しているのだと実感することができた。


 イチはミナと付き合っているときには、セックスにおけるこのような葛藤を味わったことがなかった。

その理由はおそらく、フミとミナの個性の違いにあった。

ミナは開放的な性格だったから、イチとミナとの体が少し離れているようなときにも、いつでも全身から快感と喜びをはっきり発散していた。

もっと触れ合いたいときには手をのばしてそれを要求したり、自分から体を密着させてきたりした。イチにもっと速く動いてほしいときや、逆にもっとじっくり味わいたいときには、その要求をすぐに伝えた。

ときにはイチがその期待に応えられなくて、男としての自信を喪失しそうになるようなときもあったが、ミナはいつでも楽しげで喜びに満ちていたので、イチはすぐに前向きな気持ちになれた。


 一方、フミは性的欲求をイチに向かってはっきりと表すことはあまりなかった。

それがかえってイチにとって、フミの体を神秘で静謐なるものとして、触れるときの欲情をたかぶらせもした。

しかし、イチの一方的な欲情だけではフミを愛するということにはならないので、イチの心は満足できなかった。

イチとフミの体が離れて見下ろしているときに、イチがフミを凌辱しているように感じた理由の一つは、その状態においては、快感がイチ一人の世界に属しているようだったからだ。

それではまるで、イチがフミの体を利用して、自分のためだけの快感を得ているようだった。

そんな時、ほっそりと整った透明なフミの体に異物のように乗った乳首や陰毛は痛々しくなる。

それらの局部がフミの透明な肉体と一つになるためには、フミが清潔な少女だけではなく性的な一個の生物、すなわち雌でもある事を受け入れ、表現する必要があった。


 イチがセックスに求めていたのは、快感であると同時に交流でもあったから、フミと一緒に、二人で何かをしているのだという実感が欲しかった。

そこで、二人の体を密着させることで、フミの体が性に浸っていることをイチは感じとろうとする。

つまり、イチは雄として、フミが雌であることを感じ取ろうとする。

フミの首すじに顔をうずめて感じる熱い息づかい、鼓動、汗ばむ肌、こわばる筋肉、イチの陰毛と股関節を冷たく濡らすフミの体液と、空気中にただようその特有な匂い、そしてだんだんと滑らかになったり狭くなったりする膣の感触。

それらすべてが、イチの愛を高め、精を高めるのだった。

二度ともう、自分が手に入れたこの自然の奇跡的な造形を手放すことはないとイチは確信するのだった。

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