第5話




今、私はただ、家路を辿り帰路を歩いている。


少し遅くなってしまったので、心配性の母は首を長くして私の帰宅を待ち焦がれているに違いない。

豪勢な食事も、テーブルで少し冷めてしまっている頃だろうか。


父はたぶん、まだ仕事から帰っていないだろう。



叔父さん、あなたは。

僕に何を伝えたかったのでしょう。



僕は男性だが、僕が今まで恋心のようなものを抱いたのは間違いなく、叔父さんに対してのみだった。

そしてそれはたぶん、恋ではないのだろう。


私の身長は今年に入って180cmを超え、中性的なくらい線の細かった叔父とは違い、父に似て少しばかり、がっしりとしてきた。

それでもまだ細いは細いらしく、そういったことをいまだに、人から褒められることがある。

もしくは単純に

『女の子みたいに綺麗なお子さんですね』

と称される事は幼少期から少なからずあったから、特になんと思っていた訳でもないが、客観的視野としての自分の容姿を淡々と理解してはいた。




叔父さんが私の6歳の誕生日に、最後に装ったようなおどけ方で話してくれた御伽話を、今、記憶の糸を手繰り寄せて、思い返している。


彼が、人魚姫の続きと称した作り話。


日頃から思いつきの空想ばかり話していたような人だったが、その時だけ、やけに歯切れの悪い口調で、子供の私からしても妄想じみた内容だった。


デンマークの地名に交えて話されたそれは、当時の私にもわかる程度に、彼の話すことのなかでは異質だった。

彼が時折、苦笑混じりだったことを覚えている。


そこに、叔父に関する何かがあるということは、私自身としては、かなり強く確信している。



もう家に着く。

最近少しばかり伸ばし始めた髪は、母に毎日のように口煩く、邪魔そうだから切りなさいと言われるが、周りの人間の反応はなかなかに好感触だ。

何をしても似合うから羨ましい、などと言って、オーバーに嘆く部員の女性達の前では、軽く苦笑しての謙遜と、多少のお世辞を言って乗り切っている。


家の中から漂ってくる匂いから、料理上手な母の見事なごちそうを想像して、私は少しばかり顔を綻ばせた。



人魚姫はいい劇だった。

明日のコンクールもまぁ、なんとかなるだろう。



ふと夜空を見上げると星は見えない。これから日が落ちるのも、少しずつ早くなって行くのだろう。


もうじき夏が終わる。

また秋がきて、長く厳しい冬が来る。


寒さが苦手な私は、想像しただけでぶるっと身体を震わせ、ひとり苦笑いしながら家の風除室を開けた。



ただいま帰りました。



すぐに母さんが飛んでくるだろう。


数秒後、嵐のように玄関へ訪れ、烈火のごとく話し始めた母に対して笑顔をつくりながら、叔父の作り話のデンマークの地名を、やっとのことで思い出し、久しぶりに、私はとびきりの笑みを零した。






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