第8話悲しみと温もり
ショメルはその後、休む事なく工場の中に何ヵ所もあるトイレを一つ一つ丁寧に掃除して回りました。延々と一人でその作業を繰り返します。
普段トイレ掃除をする人がいないのか、どのトイレもひどく汚れています。どれだけ磨いてもとれない汚れが、ショメルの悲しみと重なり合うのでした。人が嫌がる汚い作業でもショメルは文句一つ言わずにやっていました。
ある時、ショメルがトイレを掃除していると、大柄な男が入ってきました。その男はショメルをチラッと見ると
「あれが例のトイレ掃除に回されたガキか。汚い格好だぜ。」
とつぶやきました。
男性が去った後、ショメルは一人自分の格好を鏡の前に立ち見つめていました。ショメルには作業着も与えられていなかったので、服中に掃除の際の汚れがついていました。ショメルは鏡の前でしばらくうつむくしかないのでした。
ショメルはふと思いました。自分には居場所がなかった現実の世界。そこから逃げ出す様にしてやって来た夢の世界。今度こそ居場所があると思ったのに。皆、ショメルをのけ者にします。役立たずだの罵ります。
そして今、こんなに汚れている自分の姿。ショメルは無性に悲しくなりました。夢の世界に来てから、一生懸命でいることで忘れようとしていた悲しみが、一気に押し寄せて来たのです。
ショメルは暗いトイレの片隅で一人泣き続けたのでした。そしてそれからどのくらい時間が経った頃でしょうか。急にトイレのドアがバタンと開いて誰かが入ってきました。
その誰かは、用はたさずうつむいて泣いていたショメルの前に立ちました。それからショメルの頭に手を置くと優しく撫で始めます。その大きな手のひらになんとなく以前も触れた気がして、ショメルは顔を上げました。優しく微笑んでくれていたのは、あのビゲストZでした。
「ショメル、久しぶりだね。そんなに泣いてしまって、ずいぶん辛い目にあったのだろう。もっと早く来てあげられなくてごめんね。」
ゆっくりと再開を懐かしむように話すビゲストZに、ショメルはなんとも言えない温もりを感じました。
「いいかい、ショメル。人はね、辛くてもやっぱり現実の世界で生きて行かなきゃいけない。そういうものなんだよ。夢の世界も辛いものだったろう。それは夢の中に逃げては駄目だという証拠なんだ。たとえ苦しくても、本来君の住む現実の世界なら、まだいかようにでも変えられる。今からでも遅くない、現実の世界に帰るんだ。」
泣いていたショメルはただその言葉に頷いて
「でもどうやって?」
と問いかけました。ビゲストZは少し声を小さくして
「外の世界から、この世界にやって来た人はね、皆、心が悲しみで満たされているんだ。辛い現実を捨ててせっかく来たのに、この有り様だからね。ショメル、君がこの世界の住人になった時、この世界の女王である魔女と契約して魔法をかけられたはずさ。その魔法を打ち消せば良いんだ。この世界の人々は悲しみばかりで、笑顔を全く失くしてしまってる。でも心から笑えば魔法は解けるのさ。」
ショメルは途方に暮れてしまいました。自分には笑い方さえ思い出せないのです。ビゲストZは
「もう僕は行かなくちゃ、ショメル一つだけ覚えておいて、それでも諦めてはいけないって事を。」
と言ってショメルと握手してから出て行きました。少しだけ勇気が出てきたような気もしました。
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