第5話始まりの魔法
ショメルがドアを開けた先は十畳ほどの薄暗い部屋でした。部屋のサイズには不釣り合いな、高級そうな古木で出来た執務机があり、ゆったりとした椅子に、とても気品のありそうな若い女性が座っていました。そうは言っても女性はローブをまとっており、顔はほとんど口元ぐらいしか見えませんでしたので、はっきりは分かりませんでした。
机の上の一枚の紙に目を向け、しばらくつまらなさそうにしてからショメルに視線を移します。
「ショメル……さんですか。こちらの世界に移り住みたいとの事ですね。」
何かを持て余すような、ひどくゆったりした話し方でした。
「はい。ぜひお願いします。」
ショメルは迷う事なく答えました。
女性は右手であごの辺りをさするようにしながら
「私達はいつだって、移住して来て下さる方は大歓迎です。ですけれどね、ショメルさん。一度移住してしまわれますと、二度と元の世界には戻れませんの。本当にそれでも宜しいのですか。」
女性はじっとショメルを見据えました。その時偶然、少しローブがずれて女性の美しくも儚げな、淡い紫の瞳が見えました。それはショメルに、あの道端で揺れる小さなラベンダーを思い起こさせました。
ショメルはもう一度だけ家族の事や現実の世界に思いをはせました。しかしどれをとっても辛くなるので、すぐに止めたのでした。ショメルははっきりした声で言いました。
「戻れなくとも大丈夫です。この世界の住人にして下さい。」
女性は一度コホンと咳払いしてから
「それでは、契約の証に私があなたに魔法をかけます。あなたに本当に未練がないのでしたら魔法がかかるはずです。何も考えず心を空白にしていて下さいね。」
女性は立ち上がり、ショメルの前まで歩いて来ました。意外に小柄な人だなとショメルは思いました。
女性は小さな指揮棒ほどの木の杖を取りだし、何やら聞き慣れない言葉をつぶやき続けます。一瞬、窓から強い光が差し込んだかのような感覚に包まれます。なんだか体の芯から冷たくなったような気分です女性はまた椅子に腰かけると、ベルを鳴らしました。すぐさま近衛兵が入ってくるのを見ると
「終わったわ。早くこいつを連れて行きなさい。いつもの様にすれば良いから。」
とだけ言って、ショメルは二人の兵士に抱えられて連れて行かれました。
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