第2話

私たちの世代は、年長者から言わせれば「ゆとり世代」と言うらしい。

当事者から言わせればどの辺が「ゆとり」なのかよく分からないが、昔はもっと学校で多くのことを勉強していたと、要はそういうことが言いたいらしい。お昼のワイドショーでどこかの私大の教授が「そもそもゆとり世代の学生は…」なんて演説をぶっていた気がする。

誰が決めたのか知らないが、その「ゆとり世代」という呼び方自体が現代っ子への侮蔑を含んでると思う。何も、私たちは自分から教育課程に口を出して減らしてもらった訳じゃないし、不満ならそう決めた文科省の人たちにでも言えばいい。なぜ私たちがまるで不正をしたみたいに、お昼のワイドショーでも上司からの説教でも言われなくちゃならないのか。


少しばかり多く勉強していたところで、人間性に大した違いなんかないはずないのに。


年配の人間というのは若者の些細な汚点を見つけてはこれ幸いとばかりに寄ってたかって叩きたがるものだ。こいつはゆとり世代だから甘ちゃんなんだとか、俺の若い時はそんなんじゃ罷り通らなかった、昔じゃ即クビだとか、そんな若者批判に乗せて自分の苦労自慢をしたがる。こちらがわざわざ伺った訳ではないのに。


そんな、上司の理不尽な叱責を思い出したらまたグラグラ煮えるような熱い塊が喉奥にこみ上げてきて息が詰まった。

若者はいつの世でも生意気だ甘ったれだと批判される生き物なんだ。私たちがどれだけ正当性を主張したところで、残念ながらその辺は変わらないのだろう。

私だって数十年後はあちら側で若者批判をすることになるのだろうか。そう考えただけでも少しうんざりした。





駅前広場からしばらく歩いていくと、大通りへ抜ける。こんな夜更けだというのに行き交う自動車やスーツ姿のサラリーマンの数が多い。赤ら顔のおじさんの集団が最近出来たチェーンの居酒屋前で何やら円陣を組んでいた。そうか、忘年会シーズンだからこんなに人が多いのか。明日も平日であり、大概のサラリーマンは朝から普通に仕事なのだが、きっとこの時期は華金だとどこも予約が埋まってしまっているのだろう。こんな夜更けまで飲んでいれば朝に響くこと間違いなしだが、何やら3軒目に行くぞとかそんなことを言っている。

そういえば何だかんだ仕事を終えたのは午後10時過ぎで、それまで空腹感は無かったけれど、ここへ来て急激に美味しそうな焼き鳥の匂いに触発されてお腹が減ってきた。というか、今、急激に張り詰めた緊張の糸がぷつりと切れて、ようやく身体が空腹であることを思い出したのかもしれない。人間、本能的な睡眠欲や食欲も追い詰められれば感覚が麻痺してゆくものなのだろう。生きる為に必要なことを身体が一時でも忘れてしまっていることに少し寒気を覚えた。まだ年末の休みまでは日があるが、私自身がそろそろ限界なのかもしれない。


こんなにボロボロになってまで働く意味ってあるんだっけ?


もうそれすらも良く分からない。


私が就職活動をしていたのは数年前になる。私も多くの就活生の例に漏れず、大手企業や華やかな業種に憧れて、あちこちの説明会を駆けずり回っていたのを記憶している。就活用に買った大きめのスケジュール帳には説明会の日程やエントリーシートの提出日などがギッシリと記入されていて、毎日毎日予定に追われながら目まぐるしい日々を過ごしていた。

思えば、いくら自分の学歴があまり誇れるようなレベルでなかったとは言え、不採用通知の山に疲弊しきって焦りすぎてしまっていた。本命と目していた会社にとことん落とされて、もう自暴自棄にただただ行きたいと思えない会社にも面接に行くしかなくて、そんな毎日が辛くて堪らなかった。面接に行けば私より学力も、ポテンシャルもありそうなキラキラした学生が自らの絵に描いたように模範的な学生生活を語り出すし、それで平凡な私のアピールなど霞んでしまって落ち込んだことは数え切れないほどある。

…正直、自分がなぜこんなに必死に報われないことをしているのか、分からなかった。通知を受け取るたびに、何が「貴殿のご活躍をお祈りします」だよと、ただの定型文にやたら苛立って悔しさに嗚咽を零した。まるで私は全く価値のない人間だと言われているようで、それが擦り切れた心を締め付けた。


そんな中、ただ1社だけ、数打ちゃ当たるの精神で応募していた会社から採用の電話が来た。それが、今の勤め先だった。

その時、ようやくこの辛さから脱却できると舞い上がってしまって、一も二もなく話を受けてしまったけれど、きちんと説明会すらまともに聞いていなかった会社ならもう少し慎重になるべきだったのだ。


就活時よりもっと理不尽な渦の中に突き落とされるなんて、あの時は考えもしなかった。

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