第8話楽しみな視察
ハンスが嘘つきの杖を手にして半年ほど経った頃、ようやく国中を視察して回ることにしたのです。国民の意見も直に聞きたい。私への感謝の言葉もたくさんあるだろうしな。ハンスは数名の配下と騎士を連れてさっそく出掛けて行ったのです。
まずハンスは首都にある国中で一番大きな市場へ行きました。さぞかし人で賑わっているだろう。しかし以前と同じくたくさんの物が売られている事に変わりはないのですが、なんだか雰囲気が違います。理由など考える必要もなく分かりました。
とかく市場全体が無言なのです。誰もが黙って仕事をしている。相当な数の人間がいる中でとても異様な事であります。なんだか人が動く時の布擦れの音さえ聞こえてきそうな感じさえ受けたのです。ハンスたちが現れた時の、宝物を壊した張本人を見るような冷たい視線の意味はハンスには理解できません。
市場の責任者を呼び付けます。年配で昔は堂々としていた記憶のあるその男は、おどおどとやって来ました。
「久しぶりにこの市場にやって来た。だがここもずいぶん様変わりしてしまったようだ。悪い方にな。これは一体どういう事だ。」
ハンスがそんな事さえいぶかしんでいるのを見て、腹ただしそうに
「恐れながら、陛下のせいでございます。以前のこの場所はただ買い物を楽しむ場所ではありませんでした。挨拶をし何気ない会話をし顔馴染みになっていく。そういう人間関係を楽しむ場所でもあったのです。」
「私のせいでそれが失われたと。」
市場の責任者はチラチラとハンスの嘘つきの杖に目をやりながら
「さようでございます。たいそうつまらない市場になったものです。いいえ、市場だけではございません。国中どこへ行ってもこんな調子です。」
ハンスは水を打ったような静けさに、その男の話が重く響いたような気がしましたが、まだ一ヶ所しか確認していないと割りきったのです。
お次は国中で一番の酒場に向かう事にしたのです。もちろん夜になってからです。中に入ってまず思った事は、誰も客がいないという事です。酒場の主人はカウンターに突っ伏して寝ている有り様です。ハンスでも知っています。ここは市民の憩いの場であるだけでなく情報交換の場でもあったのです。一応、ハンスは主人に話かけます。
「いつからこの状況だ。」
国王のご来店につまらなそうに顔を上げた主人は
「陛下が、裁判を始めた頃かと存じます。いつ告発されるか分からないのでは、おちおち外で飲んではいられないという事なのです。」
ハンスは聞いていてだんだん腹が立ってきました。国王の国民を思っての施策なのに、文句ばかり言う。この有り様は彼らの身勝手さを正してやっただけであるのだろうに。立腹したハンスは他の場所の視察は取り止めて、さっさっと城へ戻って行ったのでした。
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