第8話再会
そうこうしているうちに、本当に不思議な事ですが家が見つかったのでした。森の中、老人たちの二十メートルほど先の少し開けた場所に青い屋根の家が建っていました。
しかしこの家、あの魔女の小屋の出来なんてまだ可愛らしいと思うぐらい粗雑なつくりで、木材と木材の隙間から家の中が覗けそうでした。老人はいくぶん、いぶかしんで
「モグラさん、もしかしてこの家ですか。」
と尋ねました。
「ええ、そうです。ここに来た覚えがあります。ノックしてもらえませんか。彼女に会いたいんです。」
そう言われて老人に断る理由もありませんでしたが、ここまで熱心だとなんだか、モグラのお嫁さんになって人間にまでなろうとしている、あの健気なモグラの女の子にかわいそうな気もします。
「モグラさん、会っていくんですね。」
モグラはもちろんですと目で訴えかけているようでした。
老人は遠慮がちにドアをノックしました。
「はい、どちら様ですか。」
こんなところじゃ来客もほとんどないのでしょう、少し声が弾んでいるような気がします。
立て付けの悪いドアが軋みながら開けられ、中から小柄な十代後半ぐらいの女性が姿を見せました。
「やっぱりあの人だ。」
モグラのその声を耳にしながら、老人は女性の顔を見つめます。セミロングの綺麗な黒髪でしたが髪の毛には枝毛があちこちにあり、美しい顔立ちながら、なんとなく疲れの色が見て取れました。
若い女性が身なりに気を使っていないのは、貧しさのせいか、それ以上に心に余裕を持てないからなのかは分かりませんでした。それでもとても優しい笑顔を浮かべてくれました。
「あの、私、こちらのモグラさんの嫁探しを手伝っている者でして、モグラさんがあなたにどうしてもお会いしたいそうです。」
普通に考えれば、まったくもって意味不明な発言ですが、女性は笑顔のまま
「モグラさんですか? 素敵なお客様ですね。よろしければ、お入り下さい。」
と言って中へ招いてくれました。
「それでは、遠慮なく。」
そう言って老人も後に続きました。
家の中は狭いのですが、二部屋になっているようで、通された方は、テーブルに椅子が二つ、本棚があってなんだか難しそうな薬の本や草花に関する本がたくさんありました。ベッドも部屋の隅に置かれていて、外から見た家の外観と同じように何の飾り気もない部屋でした。
老人と女性がテーブルを挟んで椅子に座ります。テーブルを指差して
「ここにモグラさんたちを置いても良いですか?」
と尋ねました。モグラはうなずく女性をじっと見つめた後で、
「僕の事覚えてますでしょうか。」
と言いました。女性は何度か軽く頭を掻いて、最後に鼻の頭に触れた後、
「ごめんなさい、覚えてないです。」
と答えます。モグラは一瞬、言葉に詰まったようになりはしましたが
「別にものすごく大きな出来事があった訳じゃないんです。だからあなたが覚えてないのも仕方ありません。ただ僕にとっては、忘れられない事でした。」
そこまで言ってモグラは言葉を切りました。そうして少しの間だけ部屋が沈黙に包まれます。ここから先の話しはモグラのお嫁さんになろうとしている、あの子には辛いんじゃないかと、老人は思いました。
「僕はおっちょこちょいで、あの日も地上に出てきて、綺麗な蝶々を見つけた嬉しさに、後先を考えもせず追いかけて行ったんです。そして運悪く前足を怪我してしまい、帰れなくなってしまいました。モグラは空腹に弱い生き物です。お腹が空くと結構早く死んでしまいます。帰れなくなった僕は少しずつお腹が減ってきて、なんとなくもう駄目なんじゃないかと思っていました。そんな時、あなたが見つけてくれて、ここへ連れて来てくれて助けてくれたんです。」
女性は優しくモグラの頭をさすりました。
「助けられて、地中に帰った後もあなたの事が忘れられませんでした。種族違いの恋ですけどあなたの事が好きになってしまったんです。結婚したいって本気でそう思いました。」
そこまで聞くとやはり女性は悲しそうな顔をしていました。
「今は大切な事が分かりました。僕の事を本当に想ってくれて、一緒に人間にまでなってくれる。そんな子がいます。僕はとっても幸せです。」
「人間になるんですか?」
女性が驚くのに対して、モグラは魔女の事を説明しながら
「できる限りの最高の決断です。」
とはっきりと言うのでした。
ですが突然何を思ったのか、一呼吸置いてからモグラは
「僕と結婚して下さい。」
などと言い放つのでした。おい! 何て事を言うんだ。怖くて見るのを躊躇してしまいそうでしたが、モグラのお嫁さんはうつむいて、涙を流しているようにさえ見えます。
「ごめんなさい。でもこれがあなたの望んでいる返事でしょう。」
女性はモグラの目を覗き込んで優しく言います。
「はい、ありがとうございます。あなたと結婚したい気持ちにどうしても区切りをつけておきたくて、振られたかったんです。」
老人はもしモグラが本気だったら、張ったおしていたところです。
モグラのお嫁さんはトコトコとモグラの前に行って、向かい合い、前足で彼の頭をポコポコと何度も叩いていました。
まったく酷いモグラだと、老人はそう思わずにはいられませんでしたが、二匹の様子がそれでもどことなく幸せそうでしたので、穏やかな気持ちになれました。
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