第6話二匹の結論

次の日、時計は十二時を指していました。快晴も続いています。生き生きとした緑と頬をくすぐる風が好きなこの場所とも、今日でお別れです。草の上に大の字になって何も考えないで目を閉じています。寝不足の体にはそれぐらいが良いのです。しばらくすると頭の横からモグラが土の中から現れたのでした。

「どうも、モグラさんと彼女さん。しっかり話し合って決められましたか。」

老人は努めて明るく言いました。

「はい、昨日は時間を下さってありがとうございました。僕はやっぱり普通のモグラとは違います。でも彼女はそんな僕でも良いって言ってくれたんです。こういう女の子が側にいてくれた事に気が付かなかった。」

「彼女さんはどうです?」

「人間として生きていく事の難しさ、私にはまだ分かりません。でもあの人と一緒なんですから、なんとでもやっていけそうな気がするんです。」

思いのままに決めたら一気に突っ走る。こんな若さも老人にはうらやましく思えています。危うさや後悔が代償ではあるのかもしれませんが。

「正直、完全に賛成とはいかないですが、お二方がきちんと話し合って決められた事でしたら、私から言うことはありません。それでは魔女のところに向かいましょう。」

老人は二匹を片手ずつで柔らかく包んで、草原を街へ行くのとは反対の方へ歩いて行きます。魔女の家は草原から程近いところにあって、歩いて行くには何の苦痛も感じませんでした。

「ここみたいです。」

言われた通りにやって来た場所にはとても質素な小屋があり、一見すると誰も住んでいなさそうに見えました。しかし魔女ってもんは人目を避けていそうですから、こんなものかもしれません。

「それじゃあ、開けますよ。」

老人は緊張して二、三度ノックして扉を開けました。老人は魔女と言ったら、もうすっかり老いた白髪を背中まで伸ばし、頭は体に対して異常に大きく、これまた大きな鉤鼻が印象的な人物を想像していました。しかし

「いらっしゃい。」

と明るく言う女性は、まだ二十代といったところ、髪はボブカットでどことなく中性的な顔立ちはありながら、良く作られた人形のような美しさがありました。老人は少しだけ気後れしながら

「実はお願いがあって参りました。」

と言いました。

その若い魔女はテーブルの上に置いてあった眼鏡をかけると、二匹のモグラをじっと見つめて

「来ることは知っていたよ。これでも魔女だからね。その二匹を人間にしてほしいんだろ。」

話しが早く済みます。

「ええ、そうなんです。モグラさんたちを人間にして下さい。」

魔女はそこにモグラたちを置けと、テーブルの上を指差して、老人はそうしました。

「初めまして、モグラさん。私は人間の世界じゃ魔女っていう変わった存在さ。君たち本当に人間になりたいのかい?  もうモグラには戻れないよ。」

「あの、僕らは話し合って決めました。一時的な感情で決めたって言われるかもしれないですけど、でも後悔したくないからこそ決めました。」

彼女も強く頷いています。

「そっか。」

魔女は嬉しいのか悲しいのか良く分からない表情をして、二匹を撫でました。

「それじゃあね、言っておかなきゃいけないんだけど、これは魔女にとってれっきとした仕事になるんだ。もちろん報酬を貰うことになるよ。モグラさんたちの場合は私の召し使いになってもらうね。近くに小屋を建ててそこに住みながら、毎日、私のお世話をしてもらうよ。もちろん自由な時間はあるから安心してね。」

二匹はあまり良く意味が分かっていないのかもしれませんが、顔を見合わせた後、肯きました。

「よし、じゃあ、準備がいるから二時間半ぐらいしたらまたおいでよ。それまでにはやっておくからさ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る