第5話身勝手な条件

翌日、待ち合わせの時刻、その日の草原は風が強く気のせいでしょうが、何かに背中を押される気分でした。いつもの様にしばらくしたら、モグラが土の中から現れます。

「やあ、モグラさん。お待ちしてましたよ。昨日の女の子は連れて来て頂けましたか。」

「こんにちは。連れて来ましたよ。さっそくお目にかけましょう。」

そう言うと二匹のモグラが土の中から現れました。モグラの女の子の美しさというものは、残念ながら老人にはまったく分かりませんでしたが、一匹のモグラはほっそりして体の小さなモグラでした。老人は二匹に対して話しかけます。

「私はモグラさんのお嫁さん探しを手伝っている者ですが、単刀直入に訊きます。お二方はモグラさんと結婚しても良い、というかしたいんですよね。」

大きい方のモグラは答えました。

「もちろんですよ。そうじゃなきゃわざわざ、こんなところまで来たりしませんよ。それより早く本題に入ってもらえませんか?」

一方、小さい方のモグラは

「はい。私で良ければ結婚したいです。」

とだけギリギリ聞こえる小さな声で言いました。老人はわざとらしく咳払いしてから

「モグラさんと結婚するにはある条件があるんです。それでも結婚したいかどうか。モグラさん、これはきちんと自分で言って下さい。」

モグラは緊張しているのか、たどたどしい足取りで二匹の前に行くと

「あの、実は僕、人間の女性と結婚したいんだ。」

「人間?」

「ああ、こちらにいる方の様な生き物を人間というんだ。とても大きな生き物だろ。」

「じゃあ、なぜ今日、私達を呼んだんですか。」

「うん、でも色々考えてやっぱりそれは無理だと思ったんだ。人間とモグラじゃ出会うことさえ難しいしね。それでこれは僕のわがままなんだけど、一時的にだけ人間になってくれないかな。」

当たり前でしたが、二匹はさっぱり意味が分からないといった面持ちでした。

「何というか、魔女という人がいるらしいんだ。その人が僕のお嫁さんに人間に変身出来る力を与えてくれる。そういう事なんだよ。」

そこまで聞くと大きい方のモグラは頭をガリガリと掻いて、端から見ても怒り心頭といった感じです。語気は荒くこう言います。

「あの、一つ良いですか。私はあなたの愛玩動物じゃないんですよ。何が悲しくてそんな訳の分からない、モグラ兼人間みたいな生き物にされなくちゃならないんです。女の子を自分の思い通りにできる玩具だと思ってないですか。」

老人は自分が言い出したアイデアである事を棚に上げて、彼女の言い分にそりゃそうだと思っていました。

「ごめんなさい。私には無理です。さようなら。」

大きい方のモグラはそう言うと、振り返りもせずさっさと土の中に戻って行きます。

「あの、このアイデアを考えたのは私なんです。だからモグラさんの事嫌いに……。」

老人がそう言うのも耳に入っていないかのように、土の中に消えて行きました。

老人はいたたまれなくなって

「モグラさん、ごめんなさい。なんだか私が余計な考えを持ち出したせいで。」

モグラはしんみりするでもなく

「良いんです。僕のためにしてくれた事なんですから。」

とだけ言いました。

それから小さな方のモグラに向き直って

「今日はごめんなさい。せっかくここまで来てくれたのに嫌な思いをさせちゃって。」

とゆっくり言葉を噛み締めて言いました。

するとここまで一言も発していなかった小さなモグラは

「私、それでも結婚したいです。」

とはっきりと伝えるのでした。

「良いの、君はモグラでもありながら人間にもなってしまうんだよ。」

「確かにそれは怖いです。でもあなたの事が好きですから。」

良いシーンなので黙っていれば良いのですが、老人はモグラに

「彼女とはどういう関係なんです?」

と訊いてしまいました。それに対して彼女が答えます。

「私と彼は幼なじみなんですが、私生まれつき足が悪くて。食べものを上手く捕まえられなかったりして、一人でじっとしている事が多かったんです。モグラの世界は厳しいですから、直に死ぬだろうって。そんな時、彼がちょくちょく助けてくれました。」

老人は

「ほう、モグラさん、やるじゃない。」

と言って背中をバシバシ叩きたい気分でした。

「だから今度は私が、彼の役に立ちたいし、前から結婚もしたかったんです。」

よし、これで話はまとまったな、老人はそう思いました。しかし今度はモグラがじっと考えこんでいます。もしかしたら彼女とじゃ嫌なんじゃ。老人はあえて何も言わずことの成り行きを見守りました。

「あの、僕も人間になろうと思うんです。そうして彼女と一緒になろうと。ただ僕はモグラはやめて完全な人間に。ずっと長く彼女といたいから。」

「ちょっとちょっとモグラさん。そんな事、簡単に決めてはいけませんよ。人間には人間の世界のルールってものがあるんです。モグラの世界のとは全然違うものなんです。一から覚えて生きていくなんて大変な事ですよ。それにね、長く一緒にいられるたって、彼女がモグラのままじゃ意味ないじゃないですか。」

老人はそこまで言っていて、もう次に来る言葉は予想できました。

「それなら私も人間になりたいです。完全な人間に。」

小さなモグラには、長く二人の時を分かち合える事は至上の喜びであるようです。それに元々、半分人間になる事に同意していたわけですしね。

老人はもう一度、二匹の前に立ち諭す様に言いました。

「人間として生きるという事は人間として生まれた者にも、そうじゃないものにとってはなおさら辛く厳しいものです。簡単に決めてはいけません。とりあえず一晩話し合って考えて来て下さい。魔女のところにはそれから行きましょう。」

二匹とまた草原で会う約束をした後、老人は若さと勢いで突っ走るんじゃなければ良いがと思い、何が彼らのためなのか考えて夜を過ごしたのです。

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