第3話モグラの嫁探し
さてさっそくの嫁探しですが、ごく短期間で条件に合う女性を探すのは難しいものです。とりあえず街に出て、人の集まる酒場にでも行けば何か情報が得られるかもしれません。ただモグラと結婚する女性などいないと思うので、まずは動物好きの女性を探すことから始めることにしました。老人はモグラに言います。
「ここにいても、何ともなりません。街へ行きましょう。そこで女性の情報を集めるのです。」
「ええ、善は急げです。さっそく行きましょう。」
老人はモグラを捕まえて、両手でそっと包む様に持つと、草原の向こうに見える街へ向けて歩いていきました。そこから街までの距離は一時間もかかりませんでした。
老人は頬をくすぐる風が気持ち良くて、少し目を閉じたりしながら歩いて行ったのです。モグラは老人の手の中ですやすやと眠っており、その姿が何とも可愛らしくありました。あっという間に着いたというのが感想でした。
「モグラさん、モグラさん、着きましたよ。」
老人は街の前まで来て言います。その街は赤レンガの家が立ち並ぶ、小さな街でした。あまり外部からの人の出入りは無いのかもしれません。とりあえず老人は酒場でもないかと街の中を歩いて行きます。モグラが手の中から
「人がそんなにいませんね。」
と寂しげに言ったりしました。通りすがりの街の人に訊いて、お目当ての酒場は簡単に見つかりました。赤いレンガで染められた街に似合わない、白い外壁の建物。街のほとんど真ん中に近い辺りに立地します。
「さあ、行きますよ。」
老人はそう言ってから、観音開きの扉を開けて中へ入っていきます。店の中はまだ四時頃なのでがらんとしています。
マスターと思わしき人はせっせとグラスを磨いていました。四十代ぐらいで割と背も高く、体格の良い髭を生やした坊主頭の男。強面。自分がこれから尋ねる事を思うと、老人は少し躊躇してしまいます。カウンター越しにマスターの前まで行きます。
「何にします。」
老人に対して短くぶっきらぼうにそれだけ訊いてきました。
「いえ、飲みに来たんじゃないんです。」
途端に怪訝そうな顔になりました。
「とかく動物好きな未婚の女性を探していまして、この街に初めてやって来たもので、良く分からないのですが、そういう相手を紹介してくれる人か場所はないですかね。」
マスターはじっくりと老人を見てから
「俺はこの仕事柄街の奴には詳しい。街の人間の情報もある程度なら知ってる。」
「それならぜひ。」
老人がはやる気持ちで訊くと、マスターはギロリと老人をにらんで言いました。
「未婚の女性ってことは結婚相手を探しているのか? まず何者かも分からねえ奴を紹介するのも、どだい無理ってな話だが、それ以前に歳は?」
「え? 七十二ですが。」
「あんたね、その歳で結婚相手を探すなんて、普通、無理だろうが。」
「いえいえ、私の結婚相手じゃないんです。」
そこまで言ってから、後は適当に誤魔化しておいて、紹介してもらった女性に本当の事を言おうと、老人は思いました。
ところがその時、手の中でモグラが
「僕の結婚相手なんです。」
と馬鹿正直に答えてしまいました。
まあなんと言うか、その後、当然のごとく、さっさと店を追い出されたのですが、前もってモグラとよく打ち合わせをしておけば良かったと思った時には、全てが後の祭りでした。
夕暮れの街並みを歩きながら、赤いレンガの一つ一つが照らされる光によって溶け込んでいきそうでした。それはまるで子どもの頃の、遠い日を描いた色彩の中に迷い込んだようだと老人は思って、しばらくただずんでいたのです。
「モグラさん、もうこうなると紹介してくれそうな人も分かりませんし、一件一件訪ねて見るしかなさそうです。ただ私には三日しか時間がないのです。ですから、その方法もちょっと厳しいかと。」
モグラは明るい顔つきをして
「まだ力を貸して頂けるのですよね。今は何をどうすれば良いのか分かりませんが、頑張れば何とかなる気がするんです。とりあえず今日はこのぐらいにして、また明日会いませんか?」
ちっとも焦っていないモグラの言葉に老人は気が軽くなったので、その日は一緒に出会った草原まで戻って、
「また明日、お昼の十二時に。」
と言って別れる事にしたのでした。
モグラと別れて一人になった後、老人は宿を探すため、またあの街へと引き返していきます。とぼとぼと歩きながら、暗くなり始めた街にたくさんの明かりが灯るのを見て、老人は考えました。
この世界は自分がしたいように、いかようにでもできる無限大の可能性を秘めているんだ。何も難しく考える必要はないと、老人の軽やかになった足取りは語っているようでした。
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