16

 まどかは腰紐を解かれる間さえどこを見てたら良いのか分からなくなって、顔を背けて眸を閉じた。

 膝を立てた伊織いおりが自分の着ているTシャツを脱ぐ合間に、居た堪れなくなって眼前に枕を掴み取る。


「何してんの」

「別に……」


 こんなスローに手間暇かけて抱かれた事が無い。なんて、言える筈もない。

 身体が目的の相手は目的に忠実で、会話すらない様な相手もいた。

 多分これがいつものセフレ相手のセックスなら早く脱げばいいのにと思って相手の下半身に手を伸ばして催促くらいはしたかも知れない。


 そう思うと、和は今の自分が得体の知れないものに思えて、伊織にどう映っているのか、なんて事まで考える。


「あんま可愛い事してると、食い散らかすぞ」

「……どっち、食べるんじゃないですか……」


 平然を装いたくて、枕越しにくぐもった声で突っ込んでみる。


「堪能されたいでしょ? 枕、どけて」


 和は優しくどけられた枕の陰から、双眸をゆっくりと開いた。

 項に零れる黒髪となだらかな曲線を描く喉仏、慈しむ様な伊織の視線と濡れた唇が淫蕩な艶を持っていて息が詰まる。


「和……好きだ」


 頬を撫でる伊織の手が肩に降りて、甘いキスが降ってくる。

 泣きたくなるのは、何故だろう。

 人の話は一向に聞かないし、何一つ自分の思い通りにはさせてくれない。

 寧ろ、思い通りにならなさ過ぎて振り回されてばかりいるのに……。

 言葉一つで、意地すら張れなくなる。

 好きになっても良いかと問われた時、同じ問いを返して許されたいと思った。


 好きになっても良いですか――――。


 こんな臆病で、どうしようもない自分でも、愛されて良いですか。

 いつか、嫌いになったりしませんか、あの人達みたいに……。

 和は自分の肌を辿る伊織の手の感触に、落ち着かない胸の漣を覚えた。


「怖いか……?」

「怖い……」

「大丈夫だ。しがみついてろ」


 ノンケじゃあるまいし、初めてでもあるまいし、そんな殊勝な科白を良くも言えたもんだ。

 それでも、伊織がくれる愛撫も、言葉も、全てが失う怖さを連れて来る。

 和は腕を回して伊織の鎖骨の辺りに額を擦りつけた。

 背中に回された伊織の右手で抱きしめられたまま口を塞がれ、左手が腰から這い上がって来て身を捩る。

 背骨の溝を右手で辿られて口内を荒らす伊織の舌のせいで、腕の力が抜けてまたベッドに身を預けた。

 涎が零れるのも構わずに上顎の上や歯列を舐め上げられて、頬の内側まで、神経の通っている所は全て責め立てられて芯を持った和の楔が、堪えきれずに蜜を零し始める。


 心の漣を舐めて癒す様に、伊織の舌が首筋を降りて行った。


「して欲しいって言うまでしないから、安心しろよ」


 優しいのか、優しくないのか。

 して欲しいと言わせる為に執拗に焦らしているのかと、思ってももう幾許も持ちそうにない。

 それでもいつもの様に求められている事を演じることが出来ないのは、好きと言う気持ちのせいなのだろう。

 和は息苦しさに伊織の指から逃れる様に顔を逸らし、朦朧と熱を孕む眸で強請る。

 言葉なんか出ない。どう言ったらいいかも分からない。


「そんな顔で見てもダメ」

「せんせっ……」

「それもダメ」

「……い……おり……さん」

「だからそう言う、苛めて下さいって言う顔、止めろって……煽ってどうすんだ」

「しらなっ……あぁっ!」


 唾液で濡れた指先を熟れた果実を穿ほじる様に中へと入れられて、和は嬌声を上げた。

 和は甘えた様な声で喘ぎながら、潤んだ目に映る伊織の顔を見れずに瞼を閉じる。

 掻き乱されるのは身体では無く、理性と心。

 そう思わされるほど、子供の様に無邪気な指先が悪戯に出入りし、泥濘ぬかるんだ和の身体は卑猥な音を漏らして、ひた隠しにしている淫乱な衝動を誘い出そうとする。


 分かっている筈なのに、そこには触れない。

 嫌だと言えば、嫌だと分かっていて敢えてそうして来る。

 そうして引きつけるだけ引きつけておいて、最後には予想もしない事をしてくる。

 そんな事分かっているのに、惹かれてしまう。


「一回イキたいのは分かるけど、ちゃんとして欲しい事言え。全部俺がしてやるから」

「やっ……だって……」

「甘えて良いって、言っただろ……」


 圧し掛かる伊織に唇を食まれて、視線を合わされる。

 和は近すぎる伊織の顔に、額を当てて瞼を閉じた。

 いつもなら言える事が言えなくなる。空々しい演技も出来なくなる。

 胸が痛いくらい息苦しい。


 こんな風に誰かと肌を重ねた事が無くて、科白も振りも分からないのに、突然舞台袖から引きずり出された大根役者みたいに狼狽える自分が恥ずかしくて、甘やかされる自分が答えるべき言葉も分からない。


「あっ……おねがっ……さわっ……」

「どこ? ここ?」

「ひっ……あぁっ!」


 知っている癖に。

 グズグズに蕩けた果肉の中にある硬い種子を指先で擦られて、思わず伊織にしがみ付いた。


「いつもつまらなそうな顔してんのに、この変貌ぶり……」

「ちがっ……あっ……はっ……んあぁっ……」

「違わないだろ」


 伊織はそう言って執拗に中にある種子を穿り出す様に押し上げ、背骨をなぞる様に悦楽の波が駆け上がって、堪えきれずに白い果汁が飛び散った。


「――――っ!」


 和は果てた解放感に一気に脱力して、しがみ付いていた腕を離してベッドへと身体を沈める。

 その身体を綺麗に拭こうとしている伊織の手を慌てて掴み取った。


「はぁ……はぁ……あっ……自分で……」

「何言ってんの」

「でも……」

「もう、ちょっとは言う事聞けってば……」


 ティッシュを重ねて零れた蜜を綺麗に拭き取ると、伊織は横に添う様に寝転んで来て、ついでに上体を起こした和をベッドに押し倒した。


 和はそれを不思議な目で見遣る。


「……何?」

「いや……し、ない……んですか?」

「するよ? でもちょっと休憩」


 ……インターバルですか。

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