17

「俺、まどかのその顔大好き」

「……」

「都合の悪い事が起こると、そうやって機嫌悪そうな顔するのにちょっとだけ眉尻が下がってて、あぁ、困ってんだなって分かる」

「良く見てますね……そんな事、自分じゃ分からない」

「当たり前でしょ。好きなヤツの事はいつも見てるさ」

「……一体いつから、そんな事に……」


 一体どのタイミングでそんな事になっていたのか。

 和は相手が何を望んでいるかは分かるつもりでいたのに、伊織いおりに関してはそれが全く掴めなかった。

 どうして欲しいのか分かっていたら、あんなに書けと豪語する事もなかったのに。


「いつからだと思う?」

「分からないから聞いてるんです」

「じゃあ、和はいつから俺の事好きだった?」

「……そんなの……分かりません」

「いつからかは分からないけど、好きなんだ? 俺の事」

「――――……」


 どうしてこう、引っ掛ける様な喋り方をされて、毎度引っ掛かってしまうのか。

 和は自分のバカさ加減に顔を逸らして溜息が漏れた。


「俺、まだ好きって言われてないなぁ」


 右肘を付いて頭を預けている伊織はそう言って和の顔を覗き込んで来る。

 和はその視線から逃れる様に寝返りを打って背を向けた。

 長い腕で捕える様に背中を抱かれて、その肌の温もりに微睡む前の幸福感に似た物がジワリと広がった。


「……き、です……」

「良く聞こえなかった……もう一回言って」

「嫌……です」

「頼む……」


 和はその時初めて自分を抱く伊織の手が震えている事に気付いた。


「い……おり……さん?」


 驚いて振り返った和の目に映ったのは、涙こそ堪えられているが眉根を寄せて息苦しそうに顔を歪めた伊織だった。


「情けないけど……言葉に縋らないと不安で仕方ない。こんな俺に好かれてお前はそれで良いのかなって……」

「何言って……」


 躊躇った様に唇を引き結んだ伊織は、視線が合わない様に和の肩越しに顔を埋める。


「ミヤの両親から人殺しって罵られて、この十年ミヤの事を想う自分って言うのから逃れられなかった。でもそれも、虚像に過ぎなくて……お前があの小説の香織の様に出来ないから憧れるって言ってくれた時、救われた……。俺は……」

「伊織さんは……何も悪くないですよ。僕がミヤさんだったら、ビビッて死ねません。死んでしまうと言う選択をしたのはミヤさん本人で、伊織さんのせいにしたミヤさんが僕は大嫌いです。性格悪いでしょ……」


 和はそう言って伊織の胸に顔を埋めた。


「それに……他人から望まれる自分でいるなんて、そんな事が出来る様になったら……人間終わりです」


 親の望む自分でいられなかった和が、セフレや職場の人間に望まれている自分を演じて来ても、それは幸福にはほど遠かった。

 別に不幸だったわけじゃ無い。

 でも、誰にも望まれてない自分は、消えるわけじゃない。


「和……」

「嫌いになりましたか……? 僕の事……。可愛げもなくて、素直でも無くて……意外と口も悪いです」

「バカか。そんな事とっくに知ってるよ。俺は、お前が良いんだ……」


 何度も何度も、啄む様な口付けの後、強く抱きしめられて和はその耳元で「好き」と零した。

 言えば言う程怖くなってしまうその呪文のような言葉を伊織が望むのなら、自分が怖い思いをする方がいくらかマシな気がした。

 たったそれだけの事に怯えている自分が、こんな風に愛されている事にまだ夢を見ている様な気分で、キスされているだけで熱に浮かされた様に身体が火照る。

 密着した身体の間で起き出した自分の下肢に気付いて、和は僅かに腰を引いた。


「逃げるな」

「んっ……だっ……て……」

 

 横たわっていた身体を抱える様にして上に乗せられて、突然上から見下ろす形になった視界に顔が赤くなって和は顔を逸らす。

 ニヤリと満足そうに笑った伊織が、ベッドヘッドに置いてあるボトルを手にして、掌に零したそれを目の前で擦り合わせ、待ち焦がれる様に胎の奥が疼くのを感じて唇を噛んだ。


「和、キス、して……」


 和は言われた通りに躊躇いがちに唇を塞ぐ。

 その瞬間、図った様に硬く芯を持った欲の塊を擂られて、仰け反った。


「んんっ! あっ……!」


 さっきは執拗に焦らしていた癖に、濡れた掌で滾る欲望を絶妙に育てる。

 恥じらいながらもさっきまで無邪気に弄ばれていた果肉のあなは、息を継ぐ様に喘いだ。

 期待に疼くその孔はズルリと伊織の指を飲み込んで、突っ張った腕の力が抜けそうになり、辛うじて堪えた。

 さっきとはまるで違う、急く様な指の動きに腰が揺れて腕が震えてしまう。

 何も知らない無邪気な子供だった伊織の指は、唐突に和の体を熟知した大人へと変わってしまった。

 和のものが猛々しく喜悦に滾って、蜜が漏れそうになると左手の動きを絶妙に止められて和は焦燥に抗いながら細腰をしならせ天井を仰いだ。


 伊織がほんの僅か唇を突き出してキスを強請る仕草に必死になって応える。

 何も喋らなくなった伊織のせいで、みっともなく縋って鳴く自分の声と淫靡な水音だけが耳に着いて、それが余計に和の羞恥を掻き立てた。


「はっ……あぁ……んんっ……」


 突っ張っていた腕の力に限界が来て伊織の胸に頭を預けた和は、腰を突き上げる様な格好になってももう恥じらう余裕が無くなって来ていた。

 翻弄され始めて僅かに残っている理性の欠片を握り締め、堪えきれない声で鳴く。


 分かっていても、思い通りにならない。

 こんなセックスは高校の時以来かも知れない。

 中を荒らしていた指をゆっくりと抜かれて、和は不意に体を起こされ呆気に取られた。


「いいか?」


 コクリと頷いて赤く腫れた伊織の怒張の上に腰を下す。

 伊織の熱を持った芯が和の双丘の間に割り込んで、雁首さきが入った所で一気に奥まで貫かれた。


「んあぁっ……!」

「……あったけぇ」


 腰を浮かせて揺さぶる様な伊織の動きに、和のものは習う様に跳ね上がり、激しく突かれているわけでもないのに内壁を擂られる伊織の熱に、青苦くも白い昂ぶりが競り上がって来る。


 伊織のへこんだ腹部に両手をついていた和は、砕けそうになる腰に抗えずにまた上体を伊織の元へと倒して抱き付いた。

 一定のリズムで熱と形を覚えさせられる様な優しい動きに、漏れる声の中にも甘さが混じる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る