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カチ、カチ、カチャ……カチャカチャ……カチ、カチ……。
時計の音。いや、違う……不揃いな……何の音?
身体が熱い。それに薄暗い。怠くて……ここは何処だろう……。
手に、何か――――……。
「……」
目を開けると、パソコンの画面の灯に照らされる白い
手の中のものを確認しようと握りしめてみる。
多分、これは手だ。
「お、起きたか?」
握った手の感触にこちらに視線を向けた
状況の把握よりも先に、和は問う。
「先生……書いて……?」
「……書いてないよ」
そう言ってパソコンをパタリと閉じる。
和は自分の右手の中にある堂舘の左手を見て、あぁ、片手でタイピングしていたのかと思い当たり、やっと状況に思考が追い付いて来た。
「……手、放して下さい」
「君ねぇ、それはこっちの科白だ。君が離さないからこんな事になってんだぞ?」
「……すみませ……」
すぐに手を離して、布団の中へ潜らせる。
和は開け放たれた縁側の方へ視線を逸らして、誤魔化す様に黙った。
自分がそんな事をするとは思えないけど、夕方からの記憶がいまいちハッキリしない。
多分、鍵のかかった玄関の前に座り込んであのまま眠ってしまったのだろう。
そして今現状の身体の感じからすると、熱を出して堂舘の家に寝かされている。
「まだ、熱が高いな……」
不意に額に触れた大きくて冷たい堂舘の手の感触に、ビクリと肩を震わせた。
「悪かったな。君が来るまでには帰る予定だったんだが出先でトラブっちまって、帰るのが遅くなった」
「いいえ……」
慣れてますから、と言いたかったが乾いた咽喉が張り付いてそれ以上言葉に出来なかった。
「あんな所で倒れてるから……」
死んでるのかと思った――――。
聞き間違いかと思ったその声がリアルに震えていて、和は堂舘の方へと視線を戻す。
「すみませ……ん」
どんな顔をしているのかと思ったが縁側から差し込む月明かりがそれを隠していて、堂舘の表情は見えなかった。
「もうすぐ友達が薬とか色々持って来ると思うから、もう少し寝てな」
和の前髪を擽る様に掻き上げた堂舘の手に、ビクリと眉根を寄せる。
「先生……ありがとう……ございます」
笑ったつもり、だった。
鼻先に込み上げる痛みと涙腺から漏れる生温さに、また顔を背ける。
誰かに心配されるなんて、いつ振りだろうか。
電車の中で両親の事など思い出さなければ良かった。
あんな所で眠ってしまう程、迂闊な性格では無いはずなのに、田舎の緩やかな空気にほだされて、仕方なく与えられている同情にさえ溜め込んだ寂寥が溢れてしまう。
熱のせい。きっと、熱で逆上せているだけ。
明日には、いつもの自分に戻れる。
大丈夫、大丈夫、一人でも大丈夫。
和は呪文の様にそう繰り返しながらまた眠りに落ちた。
意識の隙間に「傍にいてやるから」と言う堂舘の声が滑り込んで来たのは、きっと自分の願望が産んだ幻聴だ。
「悪いな、
「いや、別に。それより、その担当の編集ってのは明日仕事じゃないのか?」
「平日だから仕事だろうけど……明日朝、俺が連絡入れるよ。まだ熱も下がってないんだ。早朝に起きて市内に帰るなんて無理だ」
「そうか……。取りあえず薬飲ませるにも、何か胃に入れないとな。粥作って来るから、お前起こして身体拭いてやれ」
「えー……俺が?」
「動けないって俺を呼びつけたのはお前だろ」
「へいへい……つか、俺、締切近いんですけど?」
「約束すっぽかして玄関先で待たせたのもお前だろう」
「……」
朦朧とした和の意識の中で聞こえて来るテンポの良い会話が、堂舘と堂舘が言っていた友達なのだろうと思いながら、和は目を開けるのを憚られて寝たふりをしていた。
「和ちゃん、起きれるぅ?」
……。
和ちゃん? と言うか、さっきまでのしおらしい堂舘がいつもの調子に戻っている。
「先生、
「あ、起きた。身体気持ち悪いだろ? 拭いてやるから」
「人の話聞いて下さい」
「和ちゃんだって聞かないでしょ? はいはい、ほらほら」
着せられているのが前開きのパジャマだと気付いて、いつの間に着替えさせられたのかを問う様に和は慌てて飛び起きる。
「っ! 何で、着替えて……」
「そりゃお前、あんなスーツのまま寝かせられないじゃん。感謝しろよ?」
「……」
「早く脱げって……身体冷したら元も子も無いだろうが」
「……自分で出来ますから」
「何言ってんだ。女じゃあるまいし、恥ずかしがるな」
「べ、別に……。先生にそんな事させられないだけです」
「四の五の言うな。早く脱げ」
少し苛立ちを含んだ様な堂舘の声に、渋々パジャマを脱いで上半身を露わにした和は、普通にしていようと思うのに、どうしても猫背になって前を隠したい衝動に駆られる。
背中に当てられた蒸しタオルは気持ちの良い熱で背中を温めてくれるが、すぐに冷めてスッとした清涼感が訪れる。
「あ……」
堂舘の声に、ビクッと肩が跳ねた。
「な、何ですか……?」
「いや、何でもない。こんな所に黒子がって思って」
「え……?」
項の下辺りを指した堂舘は、そう言って背中を万遍なく拭き終えた。
「はい今度は前……」
「いやもう、ホントに……勘弁して下さい」
「……何、お前もしかしてマジで恥ずかしいの?」
「……すみません」
顔が赤くなるのが自分でも分かって、居た堪れなくなった和は俯いたまま自分の胸を抱く様に蹲る。
人前でキスをしようが、セックスの時に演じていようが、平気でいられるのは自分がゲイであると公言できる場所だからだ。
自分の本性を知らない人に触られるのは、恥ずかしいと言うより、怖い。
「
その声に「おぉ」と返事を返した堂舘は、長身の男が盆に載せた粥を布団の傍まで持って来るのを座ったまま見ていた。
和はその男に会釈して、堂舘が用意してくれた新しいパジャマに手を伸ばし、二人に背を向ける様にしてそれを羽織った。
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