バーでのことがあったせいなのかいつもより激しい。

 まどかはその日終電ギリギリまで高輝こうきに抱かれ、久しぶりのセックスに疲れて自宅へ戻ると倒れ込んだベッドで気を失った様に眠った。


 週が明け、堂舘にもう一度会いに行くつもりで電話をするが、一向に捕まらない。

 二週間程たったその日、やっと電話に出たかと思ったら「今日の夕方なら」と言う嫌そうな返事を貰って時計を見て、すぐお伺いします、と電話を切った。


 電車で一時間弱掛かると分かっていて、もう三時を過ぎていると言うのに今日じゃないと会わないと言うあたり、やっぱり相当に嫌がられているのだろう。


「また、追い返されるかな……」


 そう言って一人溜息をついて、スマホで電車の時間を調べて慌てて外出の札をホワイトボードに貼る。

 接続の悪いローカル線に乗る為に、会社を出て駅まで走った。

 一つ乗り過ごせば次は一時間後で、乗って更に一時間弱掛かる所に住んでいる堂舘の家に陽の高い内に辿り着くには、次の電車を乗り過ごす訳には行かなかった。


「はぁ……はぁ……間に合っ……」


 普段こんなに走る事が無いので息切れして、空いている席にだらしなく座り込んだ。

 のんびりとした景色が車窓を流れて行く。

 ふと、実家の両親の事を思い出した。


「元気にしてるかな……」


 高校の時、初体験の男が県外の大学へ行った後、相手を失った和はネットで見つけた相手と一度限りの身体の関係を持って性欲処理をしていた。

 別にそう回数が多かった訳じゃ無いが、もう何もしないで我慢出来る身体では無くて、自慰では満足出来ない時にだけそうしていた。

 なのに、そのネットで知り合った相手が思いの外熱を上げてしまい、自宅まで押しかけられて両親に知られてしまったのだ。

 生まれて初めて父親に殴られ、人権なんて言葉はセオリーの中にしかないと思い知らされるほど蔑まれた。高校三年に上がった春の事だった。


 受験して家を出るまで、母親は腫れ物に触る様に和に接し、父親は汚らわしいものでも見る様な目で見て、会話すら必要最低限だった。

 口を開けば、迷惑を掛けるな、大人しくしておけ、そればかりで……男を好きになると言うのは、そう言う事なのだと思い知った。

 

 家を出てから就職が決まった時に一度だけ連絡した。

 電話に出た母親は「そう」と答えただけで、早々に電話を切った。

 親の方から連絡があることは無い。


 堂舘どうだての家の最寄駅について、時計を見ると四時半を過ぎている。

 九月に入った夕暮れは、少し気温が下がって、背の高い建物が無い田舎の国道沿いを大らかな風が吹き抜ける。


「ちょっと冷えるな……」


 鞄を胸に抱いて肩を竦めた和は、足早に堂舘の家へと足を向けた。

 二車線の狭い国道沿いの左手には延々と収穫を待つ稲穂がうねる様に騒ぎ、右手には畑の畔に並ぶ彼岸花が揺れていた。

 誰かに言われてきちんと並んでいるかの様に群れを成して揺れている赤い花が、山の裾野に向かって伸びる様はまるでレッドカーペットの様だ。


 仕事をしていると、見ない様な物がこの街には溢れていて、少し気が緩む。

 国道沿いの道から鬱蒼と茂る木々のトンネルを利用したような舗装されていない道へと入る。

 車が一台ギリギリ通れるほどの狭い道は、神社にでも繋がっているかの様な神聖な空気を称えていて、歩くだけで気が晴れる気がした。

 前に来た時は昼間で木漏れ日が綺麗だったのに、今日はもう暮れそうな空のお蔭で薄暗い。


 その道を抜けた先に堂舘の家がある。

 古い木戸の縁側が閉め切られているのが見えて、嫌な予感がした。

 玄関にも鍵が掛かっている。

 一応、インターフォンを鳴らしてはみたが、人気は無い。


「……そう来ましたか」


 まさか居ないとは思っていなかった和は、後頭部を掻いて溜息を漏らす。

 ここまで来て帰るのも癪で、玄関先に座り込んで先日来た時に堂舘が座っていた縁側へと視線を向けた。


 小さな庭は植物が枯れて朽ち果て、更にもう呼吸も出来ない様な土壌となって放置され、周りの雑草だけが青々として見える。

昼間の残暑に焼かれた草と土の匂いが、夕暮れの風に乗って鼻先を掠めて行った。

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